陽光と陰の物語 髑髏城の七人月〜下弦の月〜 1/8感想

ここまでのあらすじ!
わたしはNOT宮野真守のオタク!(上弦天の中の人と髑髏城という芝居のおたくをやっています)
 
再放送なんですけど宮野真守のオタクのみんな!チケットは持ったか!?行くぞ!!!!
 
宮野真守のオタクが月髑髏観ないとしたらあまりにも「最高を体験する機会の損失」すぎて私が泣いてしまうので、もしまだ観劇予定のない宮野真守のオタクがいたら絶対絶対チケット買ってほしい。もちろん、下弦に出ている全ての役者のオタクに見てほしいんだけど、やっぱり宮野真守オタクへの「見てほしさ」がぶっちぎっている……。
 
13000円!?タダだから!!!
4時間!?5秒だから!!!
市場前!?市場前は…正直荒野!!!
みんな!!水は豊洲のセブンで買って持ってこようねーーーっ!!!!
 
いやーーーーわかるんですよ……
お芝居ってお金とかタイミングの問題とか、おまけにそこでしかやってないものだから距離の問題もあって、ハードルが高いのはわかるんですよ。私もそれなりに色々なものを犠牲にして今豊洲に通っているので……。
でも、今この時、この年齢のその役者しか出せないものがあるんだ。もしかすると「見たら合わなかった」があるかもしれないんですけど、それでも強く私が勧めるのは「見なかった後悔」は「見た後悔」よりはるかに大きいと断言できるからです。
映像として残すことができても、映像は映像であって「その時やっていたお芝居」ではない。お芝居は生き物だし、情報がそこかしこに散らばっているから、都度都度私たちが「何を見るか」でまったく違ったものになってくる。
 
あなたが観るお芝居は、あなた以外の人間が観ることのできないお芝居なんですよ。
だからあなたにこのお芝居を観てほしいんですよ。
 
観て「おもしろくなかったな」の後悔は数日で忘れるけど、「観たかったな」の後悔はずーっと引きずるんです。私は髑髏城の七人2011をこの目で見られなかった後悔を数年引きずりつづけ、花髑髏くんと鳥髑髏くんに「もういいんだ…休んでいいんだよ……」と抱きしめてもらうまで髑髏のオタクとして眠れない日々を過ごしたんだ。
まあ今は月髑髏くんに「寝てる場合かオラッ!チケ増やせ!」とビンタされてるけど。
 
わたし宮野さんのオタクじゃないので、ファンの皆様方がどのようなものを求めているのか、どんな彼を見たいと思っているのかはわからないんですけど、オタクじゃない私が見て「完全に最高」「最高を超えた何か」「最高が宮野真守すぎる」と脳味噌をぐちゃぐちゃにしているので、何がなんでも見てほしい。
 
というわけで、もしこの文章を読んでいる未見のオタクがいたら、こんなブログ読んでる場合じゃないんで!!閉じて閉じて!!(ローチケを)開いて開いて!!
あっもうURL貼ったほうがいい!!??
はい!!!!はい!!!!!!はい!!!!!!!!!!!
 
(ローチケに飛びます)
(もちろんここから買っても私になんの金銭的利益も生じないから安心してください)
(チケット取ったらこのブログなんて閉じて 存在を忘れて 髑髏城への知識をシャットダウンして 知識ないほうがおもしろいから)
 
お願い!!お願いだよ!!せめてライビュ見てほしいよ!!
わたし宮野真守の回し者じゃないんで!!大丈夫なんで!!信じて!!
もうほんっとーーーに最高なんだよーーーー!!!!!!!!!
 
こんな辺境ブログ読んでるかもわからんような未見の方々に訴えまくってしまった。すべての宮野真守オタクのみなさんが髑髏城見るまで騒いでいくつもりなのでよろしくお願いします。私は宮野捨のなんなんだろうな……
 
下弦髑髏くんの感想をはじめます!!!
 
上弦観劇が続いていたので、久しぶりの下弦登城でした。
は〜…やっぱめっちゃ観やすい……上弦はもう見てる間「何が起きるんだ」ってハラハラして胃が痛いので、下弦は良い意味で安心して観れて胃腸に負担がかからない。もう私的にはリゾットレベルで優しさ感じる。下弦髑髏くんは…やさしいね……好きになっちゃうよ…嘘…もう好きになってる…ちょ〜〜好き……。
 
キャストがステアラと髑髏に慣れてきて、遊んでもいいんだ!みたいな開放感を持ってくれたのかな。前見たときよりもさらにのびのびとお芝居をしてくださっている気がしました。
 
いやーー上弦好きなんだけどさ 上弦大好きなんだけどさ
でもやっぱり、圧倒的正義 vs 圧倒的悪 胸がスッ……とするよね。
いけぇ〜〜っ!!しゅてのしゅけぇ〜〜っ!!!がんばえ〜〜〜っ!!って脳死でミラクル髑髏ライト振れちゃいそうなテンションで見てられるので、終わったあとも「あーっ捨之介天魔王倒してくれてよかったー!」みたいな感想出てくるもん。まあ数十秒後には「でも天魔王様だっていろいろ考えてたし辛かったんだよぉ…」ってべそかいちゃうんだけどね。
 
上弦はものすごく、光量が少ないんですよね。なんじゃそりゃって感じだけど、光の含有率が少なくって、みんなわずかな光を希望にして、なんとか生き抜いている気がする。でも下弦は生命力が強くて、捨も天も強烈な、違う色の光で舞台のうえに立っている。だから、上弦は「月」そのものって感じなんだけど、下弦は「太陽の裏にはいつだって月がある」みたいなイメージだな。
 
捨にとっての天魔が月でもあるし、捨のなかにも太陽と月がある。逆に霧丸みたいに、最初は光を拒絶していた子が、最終的に捨之介の光になっていくというカタルシスも、下弦のほうが強いように感じました。強烈な陽のエネルギーと、だからこそ後半で落ちる陰の濃さが引き立って、胸が苦しくなる。このコントラストが下弦の魅力だと思う。(そして上弦は、終始陰が濃いがゆえに、差し込む僅かな光が強烈に美しい瞬間があるんです)
 
二回目を見て、ああここからまだまだ、もっと良くなるんだろうなぁ、と感じたので、次がいつになるかはちょっとわからない…んですが、本当に楽しみです。下弦のことは、ガチンコ張り付きでは追いかけられなさそうで、ほんとに残念なんですけど……それでも、ちょっとずつだとしても下弦に立ち会えて、下弦を見せてもらえたことが嬉しい!
 
こんなこと言ってるけどいざ観に行ってしまうと「もうこれ以上宮野出てこないで私の脳内のローチケをアクセス過多でパンクさせるのはやめて」って呻くし今も下弦のローチケ眺めながら「は…はやく誰か買ってくれ…私が観に行っちゃうから…」って呻いてる。早く買って。私は腰をやったので医者に長時間観劇止められてるんですよ誰か俺を止めてくれ……(実話)(やめてない)(果たしてドクロイヤー終了までこの腰は持つのか!?)
 
以下、いつもどおり個別の感想です〜。今回は一部にパワー偏ってしまった……。
 
■捨之介
ちょっといい加減にね、最高以外の言葉でね、感想を書きます。
行くぞ~~~~
 
最高でした!!!!!!
 
言わずにいられるか。最高だったんだよ。最高が最高を越えて最高になってたんだよね。
まず太ももがね、太ももが主張激しい。太もものほうが自分から見られにきてる。太ももと目があう。あっ私、いま太ももにファンサもらった!!!って思う。とにかく太ももが乱舞してるしふんチラも惜しげなさすぎてふんモロじゃん!!!モロふんどしじゃん!!!って脳味噌がボロボロ。
 
みんな!太ももからファンサをもらえるのは髑髏城の七人月〜下弦の月〜だけだぞ!!!
嘘だ!風もめっちゃ太ももファンサくれてました!!
 
このまま太ももの話で5000字ぐらい書けそうなんですけどさすがにやめます。
 
1回目見た時は「捨之介という概念そのもの」ってむせび泣いたけど、今回見たら「ああ…でもこれ宮野真守の捨之介、というひとりの人間だなあ…」と強く強く感じた。
花のわざと陽気を装って自分を奮い立たせている捨とも違う。風の純朴であったかい、土の匂いの捨とも違う。よく笑いよく怒り、色とりどりの感情をたくさんたくさん見せてくれる捨之介。そこにいるだけで、場の空気がぱっと変わってしまうような魅力に溢れていて、そうだよなぁ〜〜捨の強さってこういうとこなんだよな〜って思う。純粋な腕っ節、刀さばきじゃなくって、魂の持つ魅力こそが捨の強さ。スピリチュアル案件ではないですよ!!!
 
やっぱり彼は、歴代捨に比べると善を信じすぎている明るい男だなという風に感じるんですが、救えない闇もあるということはどこかでわかっている。けれども、それに触れてしまうと自分が揺らいでしまうから、自分が揺らいでしまうと助けられるものが助けられないかもしれないから、葛藤もあるけど笑おう明るく振る舞おう、としている気がするかな。ただ花ほど自分を取り繕うというわけではなく、もう少し気楽に立ち振る舞っていると思うんですけどね。
 
信長は彼のそういう、飾らない魅力を買って「地の男」としたんだと思うんだけど、それを天魔は「天を知らない男」という風に解釈しちゃってるんだよね。でも天魔も、やっぱり捨の強さを知ってたと思うな。蘭より捨を怖がっていると思いますよ。月髑髏は捨之介と天魔王の物語だから。
 
あっでもね 二回目観たらね 弱点もあるなと思った
あのね!!!前列で観るとね!!!!!さすがに一幕がクドい!!!!!!!!笑
 
もうほんと小芝居の情報量が多くてね、顔だけじゃなくていろんな動きするから、待ってwwwやめてwwwちょっと止まってwww止ま……顔も止めてwwwww勘弁してwwwwってなる。宮野捨一回見ちゃうとずっと追いかけちゃうから!!!勘弁してほしい!!!わたし霧ちゃんのことも見たいんだよ!!!!!wwwww
10列目~以降から見るぶんには問題ないので、特に直してほしいというわけではないです!!!
 
でも、宮野捨の真骨頂は小ネタ仕込みの多い一幕より、二幕だと感じるなぁ。ネタ仕込む余裕もなくなって、肉体もやっぱり疲れてきちゃって、それでもぐらつくことなく芯を通して芝居をしてくれるので、二幕がめちゃくちゃ魅力的なんですよ。ていうか、なんなら髑髏城脱出後からが本番だと思ってる。ここまで引き絞っていた陰を一気に解放して吼える宮野捨。ここ観るたび「この五分に13000円払ってもいい」って思っちゃうんだよね……。
 
天魔王が飛び降りたあと、崩れおちて、目線はいつまでも天魔が飛び降りた先に囚われながら霧丸に引きずられていくところが、あ〜〜ここ、このシーン、このために月髑髏があるといっても過言じゃないんだよな〜〜〜……。
私は髑髏城において「変わらないものは変わらない」という残酷なメッセージを突きつけられるのがすごく好きなんですよ。
 
だってあれだけ頑張った七人も、歴史に残ることはなくって、別に七人の戦いが後世になにかを残すわけじゃないんですよね。もしあの七人が天魔王を止められなかったとしても、多分天魔は家康に倒されてたんじゃないかな。天魔はどうやっても天下は取れなかったと思う。
 
変わらなかった天魔王。変えられてしまいそうになる捨之介。物語の終盤に差し掛かって、急に物語の構図がぐるんと回転するようなあの関係性の変化は、月髑髏しか持ち得ないものだ。そしてそこから霧丸という、「変わったもの」が捨之介を止めてくれるのがね…アツすぎるよね…。おまけに月の捨之介は「名前を捨てない」。彼は己を変えられてしまいそうな巨大な陰に翻弄されても、踏みとどまって「変わらない」ことを選ぶ。宮野捨は特に、この変化の振り幅があるので翻弄されているという状態で引き立って、緊張感があるのがいいですね。緊張感からの解放と共に、本当の終わりに着地する物語の気持ちよさときたら!
 
やっぱり、髑髏城は捨之介の物語なので。
捨之介が本当にしっかりとしていて、物語のなかで己の役割をまっとうして、生きることを自分から選んでくれる下弦、捨之介オタクとして好きだなぁと思います。正直初見は「なんで天魔を殺しにきてくれなかったんだ」って辛かったし、あ、いやこれは今でも辛くて(ごめん)、私としては元に戻して欲しい気持ちはあるんだけどね、月はこれでよかったんだと思います。
 
でも宮野捨 客席にめっちゃ話しかけてくるのやめてくんない!?
無理だから!!集中できないから!!あなたなんなら話してなくても顔が話しかけてきてるから!!!!!!
 
は〜〜〜 好き!!!!
 
 
■天魔王
上弦のどぶろくみたいな天魔王見慣れてると、下弦スッキリ爽やかサラリとした梅酒でありがてえ〜〜〜っ!!!!飲める飲めるこの天魔王いくらでも飲める!!!天魔王は飲み物!!!
 
脳壊れてるので(周知の事実)、上弦天魔のこと「てんまぴゃ」と呼びがちなんですが、下弦天魔のことは「てんまお様…」と畏まってしまう。畏まっちゃわない!?あなたも私もみんな生駒!!天魔王様のために刀を首に刺して死のう!!!!こんな人間性の低い言動をオタクにさせるためにすずきひろきくんはお芝居してないと思うんだよね。ほんとごめんね。人間性が低くて…。
 
どうでもいいけど冒頭のお着換えシーンエレベーター乗り込んで出てくるみたいでフフッてなってしまう。
 
(^o^) < 天魔王様下の更衣室入りまーす!!!シュンッ
…………チーンッ
(^o^) < 天魔王様お着換え終わりましたーーーっ!
 
死のエレベーターじゃん。取り潰してどうぞ。
なぜてんまお様の感想になった瞬間急にバカが増してしまったのかわからないんですが許して。
 
上弦のバブ見たあとだと下弦天魔王様ちゃんとカリスマあってえらいしすごい。
こっちの天魔王様は、ほんと国盗りとか政治が好きそうなので、なんなら殿への愛着は上弦>鳥>>>下弦なのかもなぁ。最後まで蘭の話されたことに対して怒ってるのも、「こんな時までオンナの話!?まじめにやれよクソ!!」って思ったのかもしれない。職場恋愛とかほんとはヤなタイプなのかもしんない。そうだよね…上司と付き合ってる同期…扱いに困るよね……会社倒産で「俺の給料ちゃんとでんの!?」って思ってるときに「蘭(同期)に退職金を…」って言われたら「俺は〜〜〜!!??」ってなるよね。サビ残したのにね……。
 
いや多分そういうことではないと思う。
さすがにそういうことではないです。すみません。
 
上弦がぶっちゃけカリスマ性に欠けるので(できないからみんなやってよーー!!って投げたら周りがやってくれちゃうタイプ)、下弦天のカリスマ性・悪としてのキャラ立ちの仕方が気持ちいい。この天魔王様は二万人集めて率いて国盗りできるよね。捨天別役系列だと一番カリスマ性あるかもと思っちゃう。ほんと頭良さそう。ちゃんと手紙読むし。手紙破らないし。ぐずらないし。いやぐずるのは上弦天ちゃんがょわょわすぎる。気をしっかり。
 
すずきひろきさんほんと憑依しすぎてて、天魔の御霊降りてるので、一幕見終わったあと「すずきひろき出てた?」ってなるじゃん。
二幕見終わって「すずきひろき最後まで出てこなかったな…」ってなるじゃん。
カテコ始まるじゃん。
 
「……あれっ!?すずきひろきいるな!?」ってなる。
 
もうこれ二回繰り返してる。わたし多分月髑髏完走しても「すずきひろきくん出てた?」って言ってるから。すずきひろきくん出てた?わかんない…出てたはずなんだけど…どこにいたのか……。
困る…月髑髏が終わるまでに蛮幽鬼の再演告知チラシ挟んでくれないと困る…サジ:すずきひろき の文字印刷して挟んでくれないと……。
(サジとは!?笑顔を絶やさない凄腕の殺し屋※キャスト堺雅人さん のオタクが死ぬほど好きなキャラのことだぞ!!気になった人は蛮幽鬼見てね!!)
 
サジ:すずきひろきが見たすぎてアンケートに書いたからね。堺さんしばらくは難しいかな、そうすると再演するにしてもサジやれる人材がな…とか思ってたんだけど、すずきひろきくんさんが新感線の村にやってきたので、こうなったらサジやってオタクの村という村を焼いてもらわないとな…って目をつけてる。かわいそう…すずきひろきくん…変なオタクに目をつけられて……。
 
というわけで、私のこの怨念かなって蛮幽鬼(サジ:すずきひろき)が叶ったら絶対絶対見に行きます。
その時は多分こう言うね。
 
「すずきひろきくん……出てた?」
 
ダメすぎ。
 
■蘭兵衛
ええ…わからん…わからん城のわからんseasonわか蘭……
一回目見たとき「よくわからん…」となったので「二回目観たらわかるでしょ」と思ってたんですが、二回目観た結果「いやもう全然わからん…」となった……。もう三回観ても四回観てもわからない予感がする…。
 
ちゃんと強いんですけど、上弦のみうらんがあまりにも作画:さいとうたかお なので、下弦の作画:高屋奈月 のひろせ蘭が儚げでふわっふわに見えてくる。おい騙されるな!!!そいつメンヘラ殺戮マシーンやぞ!!!!!オタクはす~ぐ蘭兵衛に騙される!!!!!!
 
うーん なんか言おうとしてもわからん…というところに終始してしまうなぁ。
正直、私は蘭のクソチョロオタクなんで大体のことはオッケーオッケー好き好きらんべさんイエ~イ!で流しちゃうんですけど、下弦蘭は初めて…蘭を肯定的に見れていなくて申し訳ないんですよね…。
 ※ここからちょっと肯定的ではないうえ、クソ長めんどくさオタクの意見になるので、不要なようであれば読み飛ばしてください。
 
前提として、シーンのひとつひとつとしては好きなんですよ。そう…好き…好きなんだよな…だからこそ腑に落ちなさがある。
基本的に「蘭兵衛」の制約に縛られず、役者さんは好きにやればいいと思うんですよね(上弦蘭とか、あて書きじゃないってのにほんと型破りでおもしろいし。クセは強いので好き嫌いはあると思うけど)。ただ、個人的には、蘭兵衛という人物において絶対破ってほしくないルールがあって、それは彼が「外道」であるということなんですよ。
 
天魔王は「非道」だけど 蘭兵衛は「外道」。それは蘭の性別が変わろうとも動かない蘭という人間のコンセプトだと思うんですよね。
下弦で戸惑ったのは、蘭が天魔を越えた「非道」の悪人に見えてしまうところ。
なまじ天魔のほうがクレバーでやることに筋が通ってるのも手伝って、蘭が外道っていうかもう非道に見えるんですよ。
 
天魔と蘭がどう違うかというと、天魔は「その道が間違っている」ということを認識しないまま悪の道を行く人なんだと思うんですよね。2011のゲキシネ版パンフで未來さん(2011天魔王)が書いてるんだけど「時代観から見たら、勝ったほうが正しいという世界なので、天魔王は悪ではないという見方もある」んですよ。天魔王は、それが悪いことだとは思っていない人。
でも蘭は違う。「道を外れる」と書いて外道。ということは、正しい道に則ったうえで、「外れる」ことを選んでいる。蘭は「それが道理に反している・倫理を越えている」とわかっているし、その痛みや重みを認識したうえで、落ちていってしまう人だと思うんです。
 
だからね、彼は基本的に「自分で選ぶ」子じゃないとだめだと思うんですよね。
もちろんそれを逆手にとるアプローチもあって、例えばアオの蘭なんかは完全に強すぎる天魔に流されて落ちてしまって、でも落ちきれなくってあわあわしてて、なんか迷った末に捨之介の牢屋に花投げこんだりするし(いやさすがに可愛すぎるにもほどがある?なんだ?どういう意図だ?かわいいぞ?)、そういう不安定さで一貫するのもひとつの手だなーとは思ってます。
 
下弦蘭が(私のなかで)しっくりこないのは、その不安定さで進んでいくのかと思ったら、二幕口説き以降で歴代ナンバーワンなんじゃないの?ってぐらい非道な男に成り代わっちゃうところなんだと思うんですよよね。
ど、ど、どうしてそうなった!?情緒不安定!?やっぱり…命の母いる!?
 
鈴木天魔はカリスマ性に溢れてるし、諭されて落ちてしまうところまではわかるんですよ。ただ落ちてしまってから一気に非道に落ちきって、一切の情をまわりにかけなくなるので、蘭という人がわからなくなってしまう。
一幕の彼は仮初だったのかな、と思うけど、それにしては優しすぎるんですよね…。あれだけ優しかったいい子が、ここまでの非道になってしまう。嵌ればインパクトある振り幅なんですが、逆に納得させるだけのパワーがないと、腑に落ちない感が強まってしまうというか。蘭という役柄の難しさはここにあって……。
ま〜ぶっちゃけ鳥蘭とか…振り幅がデカかったせいで序盤は「力押しで乗り切った」感強かったんですよね(中盤から軌道を修正して最終的にはとんでもサークラに落ち着いたんだけど…)(鳥蘭のこと大好きだよ!!!)
 
ピースとしてはすごく良いものが揃っているんですよ。それを束ねる芯が見えづらいせいで、ものすごく損してしまってる気がする。というのが現時点でのイメージかなぁ。一回目のほうがまだ像が見えてたかもしれない。
観てる時は派手だな~って感じで、瞬間的な麻薬めいた楽しさはあるんですが、見終わったあと「で、彼はどういう人だったんだ?」って言われると……うーん……となってしまう。初見の人のほうが逆に先入観無く見れるから、納得いくのかな。髑髏城見すぎてると逆にいらんところで頭が固まってる可能性も高いので、初見で見てみたかったですね…
 
上弦蘭も正直クセ強くて、下弦とは逆に解釈の余地を与えないというか、頑固おやじが「うちには醤油ラーメンしかないけど?」みたいなノリでやってるラーメン屋さんって感じなんで、人によっては合わない気がしてるんですが、下弦蘭はこう…カレーとシチューが出てきて「はいポトフ」って言われてる気分になる(?)わかる原材料はだいたい同じ…カレーもシチューも好き…でもそれをポトフって言われると…ポトフ…ではなくない!?カレーもシチューも好きなんだけど一気には食べづらくない!?
複数回観ればカレーとシチュー!合わせてポトフ!!と思えるのかもしれないけど。今の私はカレーとシチューを混ぜながらわからん…これがポトフ…なのか…?とスペースキャット顔になっている……。
 
誤解を招いていたらとても嫌なので重ねて申し上げたいのですが、嫌いだとか、下手だとか、そういうことを言いたいわけではないんですよ。むしろ、どの部分も感情が載っていて強烈で魅力的な分、糸を手繰るのが難儀になってるように感じる。もったいないなぁ もったいない…という気持ちが…強い…。きっと役者さんがサービス精神にあふれた方なんだと思う。
自分のなかにもう少し解釈の引き出しがあれば、うまくつなげてあげることができたかもしれないんですが、やっぱりどうにも繋がらなくって。。
 
おそらく、今のところ私がこうなのかな、と考えている像としては。下弦蘭のテーマは「抑圧と解放」なのかな。
前提としては、自分のことがすごく「好きだった」子なんだと思う。それがいい子を演じよう演じようとしていて、それで変わろうとするほど、己の中の歪みが見える。醜さばかりが目につく。己の中の醜さよりも、その醜さを取り繕おうとしている自分が美しくなくて嫌。いい子であろうとすればするほど、本人としては落ちていく感覚があったんじゃないかな。
 
だから抑圧されていた本質を解放するタイミングを与えられて、一気に弾けてしまう。彼は自分の美しさを知っている。残虐な自分が美しいという自覚があり、本質に立ち返った自分こそが、己にとっても最も愛しい。もしくは、信長に寵愛された部分なのかもしれませんね。そう考えると比較的クレバーで冷静な天魔が残虐性に走ったのもわかるかも。下弦においては、天魔が蘭の真似をした、という可能性もあるようには感じます。線として濃くはない、妄想の域をちっとも出ないお話ではありますが。。
 
うーん これなのかなーという気がするんですが、多分これだ!と大きな声で言うには、やっぱり決定打が足りないですね。いま盛りまくってるところなのかな…同じ振り幅勝負だった鳥蘭も序盤は盛りまくりだったしな…ここから少し削いでくれた方が私はわかりやすくて好みです。結局わたしが馬鹿なんじゃないのか?という話、大いにあるよな…馬鹿でごめん…
 
でも箇所ごとで観ると、本当に好きなので…
あの穏やかな前半からドスの利いた低い声出るところとても好き…
黄泉の笛で素早いだけでなく、跳躍がものすごくふわっとして良い意味で重みがないところも好き…
ま~~あとさすがにビジュアル良いよね…花鳥風月で一番愛され感出てるし殿もそりゃ天と蘭なら蘭可愛がっちゃうよねって…コラーーッ!!!天魔もちゃんと可愛がれ!!!!
ノッブがちゃんと愛してくれなかったからあんなファンデ厚塗りになっちゃったんだぞ責任を取れ!!!
 
あまり良くない意見を書いてしまいましたが、好きな部分も多くあり、だからこそどうしてもあとひとつの歪みが気になってしまう、という気持ちでいます。芝居とは直接関係ないけど、毎回ブログの更新早くてすごいね……帰り道入ってすぐ書いてるのかな?若いっていいな…体力があるな……もう完全におばさんの気持ちで見てる……。
 
 
■霧丸
あ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
きりちゃん…きりちゃん…きりちゃん;;;;;;;;;;;;;;;;;;
 
TLにだんだんと増えていくきりちゃんおじさんを訝しんでいた昨日にバイバイ!!!
こんにちはわたしがきりちゃんおじさんです!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!
 
上弦に比べるとしょうじき下弦のほうがちょっと拙い部分目立つんですけど、霧丸に関してはそこが愛らしさにつながっているので、良いなあと思っちゃいます。(もちろん上弦は上弦で、お芝居の手堅さが賢さにつながっていて素晴らしいです!)
 
最後のね…捨を救い出して、捨てるのは楽じゃねえなって笑いあったあとにね。霧ちゃんが金に寄っていって、もう一回振り返って、捨之介が笑っているのを確認してからほっと微笑むんだよね。あの一連のやり取りを見て「まって」「むり」「尊いのオタク三段活用をうっかり使っちゃいましたね。まってむり尊い。ほんとむり……霧ちゃん;;;;;;;;;;
 
霧ちゃんの純粋さがね、すごく好きでね…だからこそ辛かったよね…歪んじゃうよね…そこからよく立ち直って、強くなったね、ってもう授業参観だから。わたし、霧ちゃんの授業参観にきてるし、わたしの横で捨がビデオカメラ回してるから。わたしと捨を鬱陶しがって霧ちゃんは授業参観のプリントを出してくれなくなっちゃうんだけどね…何の話これ。
 
上弦が、著しく成長したゆえの、賢さを得た立ち回りで捨を救う、のに対して、下弦は純粋さと「絶対に死なせない」っていう思いのパワーで捨を救うのがいいなぁ。捨霧に年の差があるので、霧ちゃんという子供のひたむきさが、捨をどろどろした思惑の闇から引き上げてくれる心地よさがある。のでやっぱ私は、上弦:鳥沙霧 下弦:花沙霧 に近しい気がしてる。
 
あと下弦霧ちゃんイキりまくっててかわいいね…この霧ちゃん上弦にいたら蘭兵衛さんの舎弟になっちゃったんじゃないかなって思うけど。もう蘭出て着た瞬間にかかかかかかっけぇ〜〜〜!!!!ってなってしまったかもしれない。おそろいの着物とかきちゃったかもしれない。やめて霧ちゃん。派手な紫柄シャツ真似するのやめて。それゴリラ専用戦闘服だから!!!!
 ※もづやまはみうらんべさんを心から応援しています
 
見れば見るほど霧ちゃん好きになっちゃう。発表時は沙霧オタクとして失神するかと思うほどショック受けて、マジで…マジで……この際他の変更とかもうなんでもいいから沙霧だけは返して…ってむせび泣いてたんだけど……今はオタクニッコニコで霧ちゃんに家庭用ビデオカメラを向けています。だから言っただろ!?オタクの手のひら返し!電光石火より早い!!!!霧ちゃんイエ〜イ!!霧ちゃんイエ〜〜〜イ!!!!!!!
 
もう一回脳死で!!
霧ちゃんイエ〜〜〜〜〜〜〜〜イ!!!!
 
■兵庫
実はわたしが下弦で一番すごい…評価されてほしい…と思ってるの木村兵庫なんですけど、いざ見ると感想が書きづらい。あまりにもナチュラルに兵庫すぎて、非の打ち所がなさすぎて、書くポイントがないという…。でもほんと、下弦MVPだと思ってる。
 
前も書いたけど、兵庫がしっかりしているかどうかは髑髏城の屋台骨を揺るがすほどの重要事項なので。
兵庫は「名もなきもの」の代表なんですよね。本当に因縁もなにもないのに、自分の身ひとつで因縁に飛び込んでしまう。そしてさらに「武士を名乗ってすらいない」いん平まで引き込んでくるわけで。兵庫・いん平の和解・協力の流れが、わたしとしては一番髑髏で泣いちゃうポイントだな。髑髏城という物語のコンセプトを牽引しているのは、兵庫なんですよ。
 
髑髏城、四時間に渡る緊張と緩和の繰り返しで、正直見てて疲れる芝居なので。兵庫がきちんと「緩和」のポイントを作ってくれることによって、ぐっと見る側の集中力があがるんです。
だから、下弦が観やすい理由の大きなひとつには、兵庫の貢献があると思う。というか、なんならここが核でさえある。
 
木村さんいいなぁ。また出てほしい……。
 
■極楽
また見てるあいだ年齢忘れてた……。
極楽はなあ。極楽もなぁ、なんか、もしかして私たちが見ていた極楽ってぜんぶ真実じゃないかも、って思っちゃうんですよね。あの人、ずっと無理して気を張って、自分を演じているように見えてくる。上弦極楽がとても自然体で飾らないから、なおのこと。
 
最後だって、彼女は死のうとしているわけじゃないですか。
あんなに明るく振る舞っていて、捨之介に笑いながら「あんたは生きなきゃ」と諭した極楽だけど、その内側ではもう死のうと考えていて。最後さ、兵庫に言い寄られる手前、女たちの髪を額に当てて泣きそうな顔してるんだよね。でもそれ、みんなが見てるところではやらないし、ほんとにひっそりやってるの。
 
それが彼女なんじゃないかな、と思ってしまう。
ずっとずっと、最後の最後まで「極楽太夫」というシンボルを演じきっているけど、中身はとても弱くて脆い女性。誰にも弱さを見せられないまま、年を取ってしまったんじゃないかなぁ。
 
そう思うと本当に切ない。上弦・下弦共に、とてもクセが強い極楽が出て着たと思うんだけど、若い子たちが多い月髑髏の物語のなかで、極楽がある種人生を諦めてしまえるような年頃の人間になった、というのは面白いですね。辛いんだけど…上弦下弦、どちらも好きだな。
 
 
またこうして長文を書いてしまった…。
上弦・下弦をこうして交互に観ると、心から「どっちも見てほしい」って思ってしまいますね。
チケット代高いし豊洲は遠いし座席ガチャ状態だし、気軽に観れるわけではないとわかってる。あれだけのコストをかけるなら、やっぱ推しが出てるほうが見たいとか、あるよな〜あるよ!私もやっぱり推しがいる方を多めに見ちゃってるし。
 
でも、一回だけでもいいから、ライビュでもいいから、上弦のオタクには下弦を、下弦のオタクは上弦を、見てほしいよ。
片方にしかない魅力があって、まぁ、片方にしかない欠点もあって。でもそういうのをここまでの装置・環境を揃えた状態で見比べられるっていうのは、お芝居のオタクとしてほんっっっとうに贅沢させてもらってると思うんです。こんな楽しいおかわりある!?!?最近ローチケからの請求見ても「いつの?」みたいになってるからね!!!
はいはい過去のチケも来月の請求も三途の川に捨之介捨之介!!
 
もちろんどちらか片方を見て貰えただけでも嬉しい!
でも、もしも髑髏城という物語を気に入ってくれて、また別の角度から見たいと思ってくれたなら、やっぱりもう片方のお月さまも見上げてみてほしいですよ。あのチラシのコピーなんなんだろな。「君はどちらの月を見上げるか?」みたいに書いてあったけど、うちのTLの髑髏党員たち「どっちも観るだろ」って血気盛んにスタンバイしてたからな。
「君はどちらの月を何回ずつ見上げるか?」に修正してくれてもいいですよ。
 
もうね これで髑髏城が最後かもしれないから。
何があるか本当にわからないんですよ。生きてる人間がやってることだから。もしかしたら明日、もう公演がなくなってしまうとか、そういうことだってなくはないわけで。
だから、今この時やっているお芝居をどうか見に来てほしい。難しければライビュでもいい。
そして花鳥風月のゲキシネかかったらゲキシネ見て。あっあとイーオシバイのほうで過去髑髏のDVDあるんでどうですか!?
 
贅沢言いましたすみません。
 
金を捨て時間を捨て腰を捨てて拾ったチケットだからね。安くはないからね。でも蘭もそう言って乗り込んでいつもあっさり籠絡されてるからね。髑髏城はいつだって俺たちに「チケットを増やせ 惜しむな」ということを教えてくれる。
 
大切なことはいつだって…髑髏城が教えてくれたんですね……勉強になります……。(これが結びの文なのほんとに良くないと思います)