【総括】髑髏城の七人月~下弦の月~とても好きでしたの感想

やばい極髑髏はじまる!!!!!!!!!!!!!!!!!
上弦の卒論(まだ卒業しないよ)こっちです!!!!!!!!!!!
 
あーーーーーーーーー上弦が終わってしまったけど下弦も終わってしまったし、月髑髏…月髑髏終わってしまいましたね……ほんとに何を楽しみに生きていけばいいのかわからないよ…って言いながら、今宵からは極髑髏!!極髑髏サイコー!!!と踊り狂っているのが見えているオタクです。こんばんは。
 
わたしは上弦をメインに月髑髏通ったオタクだったのですが、下弦もよかったなぁ…。
下弦の良さについては、これまでのブログでもわりと口うるさく?語ってきたと思うので、いまになって語ろうとすると「…良かったなあ〜…」とボケ老人みたいな感想しか出てこないんですよね。よ…良かったなぁ〜……。
私はボケ老人なので下弦髑髏の記憶半分ぐらいが捨之介の太ももです。
 
下弦は本当に出だしから安定感があって、初参加のメンツが多いながらもハラハラすることなく、どっしり構えて見ていることができました。上弦髑髏、豊洲の荒野にすのこ一枚引いて「はいここがお前の宿。寝てな」って言われてる…って思いながら見てたけど、下弦髑髏は「お嬢様こちらが豊洲の誇るロイヤルドクロホテルでございます」と執事(CV神谷浩史)(宮野真守じゃないのかよ)が一礼してきたのでどーいうことだよって思った。
絶対下弦のほうがステアラの椅子ふかふかだったからね。私の尻がそう言ってる。
 
上弦の記事のほうで「上弦始まる前めちゃくちゃ不安だった」って書いてたけど、下弦は「私はよく存じ上げない役者さん多いけど、まあ大丈夫なんだろうな」と思ってたので、想定通りの大丈夫さ(?)でよかったです。もうなんなら宮野捨CMスポットを見た時点でハ〜もう下弦の月、問題ありません。って思ったもんね。
 
とはいえわたしはいわゆる2.5と呼ばれるタイプの芝居ってほぼ見たことなくって、役者さん含めそっちの文化にはめちゃくちゃ疎いんですが、髑髏城ってもともとマンガ…芝居の形を取ったマンガなので…2.5畑のキャストさんとはかなり相性の良い演目だったんじゃないかな。あとの人たちはともかく、捨之介ってあんなにアニメ的になるんだなってびっくりしたもん。
 
いや鳥髑髏の捨は「爆殺にんじゃ!すてのすけ!」って感じだったけど……掲載誌はコロコロコミックだったので……下弦もうちょっと大人っぽいというか、宮野捨:藤田和日郎 鈴木天魔:由貴香織里 廣瀬蘭:高屋奈月だったので、うわ〜ほぼ花とゆめじゃんって思って見てましたね。ほぼ花とゆめじゃん〜〜(からくり宮野サーカスから目を背けるオタク)
 
なので、見てる時の感覚はやっぱり、今までの髑髏城とはちがってたかな。
私はワカドクロから髑髏城のオタクをやっていて、髑髏城という作品にとてもオタク的な執着をしていて、人物をキャラクタ的に捉えているんですよね。でも、これまでの髑髏城は(もちろんその要素は他のお芝居に比べると強いのだけど)役者さんがキャラとして演じているかというと、そうでもなかったと思う。思い込みかもしれないけれども、下弦は全体的にキャラに対して畏敬とも呼べる尊重ぶりを見せる人が多かった気がします。
 
それは、正直を言うと私には時折怖くって、でも下弦が持つ魅力の根底もそこにあったのだろうなと感じました。
役者の、キャラへの畏敬と、そのなかで編み出した解釈の提示。誤解を恐れずにいうとものすごくオタク文化的なアプローチで、ただ髑髏城という演目にはそのアプローチもきちんと機能する。最初から作り込んできている人が多いな、と感じたのはその所以もあるのかな。
 
でもあんまり、2.5髑髏とは言いたくないかな。
やっぱり髑髏城の七人月下弦の月下弦の月というオリジナルの作品であって(や、まあ言ってしまえば今の髑髏城なんてぜんぶ初演もしくは1997のセルフ二次創作みたいなものでさえあるのだけど…)、下弦の月のなかに再現すべき「二次元」「キャラクタ」はいなかったと思います。役者さんがどのような気持ちでやっていたか、私には理解することはできないけど……それでも、私に見えたあの人たちはキャラクタではなくて、その時舞台のうえで生きている人間だったので。再現でもなんでもなく、その時舞台で生きている彼らこそがオリジナルだったので。だから、2.5というとちょっと、ピンとこないかな。嫌だというわけでもなくピンとこない。
 
とはいえ、2.5出身の役者さんだからできたこともいっぱいあって、そういう意味ではけっこうクセの強い公演だったと感じています。ものすごく見やすかったけど、振り返ってみるとあれはあれで異質だったな、と思う。喉越し良く、見たあともスッキリとした気持ちで豊洲を出られるんですけど、家に帰る頃にはたと「いや…なんか引っかかるな…」となる。そんな塩梅。
 
感想とはちょっと別の話なんですけど「髑髏城こんなにもオタク向けなのにオタクには敷居高くて勧めづらい」と泣いていたオタクとしては、下弦というオタクに勧めやすい髑髏が出てきてくれたの助かった。見て見て!!オタク!!これオタクが好きなやつなんだよ!!って銅鑼を鳴らしまくったので、その甲斐あって見てくれたひとが少しでもいたら…いい…な……。
いや、私がきっかけでなくても全然良いんですけど、髑髏城を見ておもしろいと感じる感性の持ち主がひとりでも多く豊洲で回ってくれていたならそれだけでうれしいんだ。
 
上弦に通ったけど、下弦も通えるなら通いたかった。
あの立地、あの腰ぶっ殺し劇場で2日連続ぐるぐるはさすがにしんどくって、下弦行きたかった…とべそべそしてたんだよね。ダブルキャスト制、めちゃくちゃ楽しかったけどどっちの月も見上げたかった私には優しくなかった。見上げさせろ!!どっちも!!!
 
ダブルキャスト髑髏城って、告知されたときは「なんてこったい…」と頭を抱えてたんですけど、終わってみればそのダブルキャスト制度が楽しかった……。いや、せっかくだからアテ書が見たかったよって気持ちはあるんですけど、一方で役者が能動的に役を咀嚼して、強めのアプローチをかける楽しさが月髑髏にはあった。
 
私は、役というのは演者さんをきれいに見せるお洋服であると思っていて。その演者さんを輝かせるために仕立てられた、とても綺麗なお洋服によるファッションショーを見ているっていう、ごめんね意味わかんないね、ごめんね。私も何言ってるかちょっとわかんなかったわこれ。
 
つまり、これまでは劇団やかずきさん、いのうえさんが仕立てて役者さんに渡してきていた「お洋服」を、月髑髏においては役者たちが自分で手を入れる場面も多かったと思うんですね。だから、布をどうお洋服にするか、っていうアプローチ部分で差が出ていたんじゃないかな。
鈴木天がユザワヤで綺麗な糸とボタンを買い付けてミシンでカタカタ縫ってる間に、早乙女天が布ビリビリにやぶいて「服!!!!!!!!!!」って言ってきてる感じなんですよね。そうだね服だね。
 
というわけで、下弦とても楽しかったです!ほんっとうにありがとうございましたーーー!
そして願わくば、下弦を楽しんでくださった新しい髑髏党員のみなさまには、他の髑髏城も見ていただきたいな。すごくおもしろいんだわ!!ほんと!!!
 
だから公式ゲキシネ告知早くしてくれぇ…
メタマク回し終えたあととかは勘弁してえ…
 
■捨之介
わたしの下弦髑髏が好き!の半分ぐらい、宮野捨が好き!だったと思います。
初回見たとき、休憩で興奮しすぎて「やばい」「すてのすけ」「ウオ〜〜」「宮野真守のオタク大丈夫?こんなヤバいものを見せられて生きてる?」「わたしが宮野真守のオタクだったらこの幕間のあいだで、二時間後指定で救急車呼んでる」って口走って、二幕観終わったあと豊洲のクソ寒荒野を「みやのまもるーーーーーーーーーーーーーー!!!!!!!!!!!!!!!!」と叫びながら駆けたよ。
 
宮野さん、私は普通にイケメンじゃんって思うんだけど、でもまぁ確かに…ここまでの捨たちと比べると小顔爽やかイケメンという感じではなくて……そして私はそこに興奮してしまって……。もともと捨之介という役が古田新太先輩から出てきた役柄なので(古田新太先輩は最強にかっこよくて最強に色気があるウルトラ捨之介だよ)、シュッとした小顔の月9イケメンが本道かというと、そういうわけではないんですよね。あっこれ小栗捨大好きオタクの言ってることなので、顔小さいイケメン捨への批判とかじゃないです。わたし、全ての捨之介をそれぞれのベクトル愛する捨之介オタクなので……す…すてのすけ…好き…なんだなぁ…。
 
だから、ぱっと見のビジュアルではなくって行動や人物としての「かっこよさ」「色気」で人間性を演出してくれる宮野捨、すごくねえ…良かったんですよ。捨之介のことが大好きなんだけど、捨之介ってちょっと完璧すぎるっていうか。私が天魔王だとしてあのイケメンたちに説教されると「うるせーお前みたいな花より男子取ってきた小顔イケメンとはこちとら生きてきた世界が違うんだよ」って思うから。あ〜小栗捨最高大好きみんな絶対花髑髏ゲキシネ見てね。(いいぞいいぞ花髑髏は良いぞ)
 
そんなこんなで「イケメン!小顔!スタイル抜群モデル体系!」からはちょっと離れたところにいて、でもとんでもなく格好いいっていう、ある意味本来あった姿に立ち戻った宮野捨。すごく良かったなぁ。福士捨がめちゃくちゃ好きなことは事実なんですけど、やっぱり捨之介は宮野さんぐらいの年代の人がやるとよくハマると思います。とても良いタイミングで捨之介に鉢合わせた(?)と思うな。宮野さん。

単純にお芝居がうまくて、パワーが強かったのもある。当たり前だけど声が本当によく通るし、声の演技だけでなにやってるか、何思ってるのかだいたい感じとれるし。殺陣だけすこし心配してたんですけど、問題なくこなせていたので非の打ち所がなかった。見てて不安に思う箇所がなくって。何より太ももの出し方がうますぎて……いや太ももの出し方がうまいかどうかは重要事項ですほんとうに!

強いていうなら、慣れてきた後期はすこしクドい、と感じてしまう箇所もあったかな。いや、多分初見の方にはあれぐらい説明したほうが親切で楽しいんだろうけど、宮野捨を追うだけで下弦が終わってしまうんですよね笑 後半の、小技や熟れた雰囲気を出せなくなってからの宮野捨がものすごく好みだったので、私はもう少し削いでくれたほうが好みだったのかもしれない。

といえでも、そんなの「強いていうなら」なことなんですよね。
いや~私は宮野さんのオタクではないし、ほんとさらっとしたことしかわからないけど、宮野捨、捨之介オタクとしてめちゃくちゃよかった。
よく笑いよく驚きよく怒る。表情豊かで、まばゆい太陽のようだった。それゆえに背負うものの寂しさも濃い陰に見えて、い、愛しい……となってしまった。私はすぐに「青空になって捨之介を抱きしめたい」という欲望に駆られるんですけど、もれなく宮野捨も抱きしめたい!!銀河の果てまで!!!って思ってしまいましたね。

たとえば花や鳥の捨って、己のなかに深い暗闇を持ち合わせていて、それを隠すように、己自身にさえ気づかれないように隠そうと頑張っていたように思えたのですが、宮野捨はどちらかというと風捨サイド。笑顔や陽の面は本物で、ちゃんと彼自身から出てきた表情だと思う(陽キャとしてのタイプは違うけど、福士捨もこっちだと思うし風捨もこっち)。このタイプの捨は、己のなかの闇に気づいていても「まぁ大したことじゃないな」と流してしまえるタイプなんですよね。

だからこそ、一度絶望に立ち会ってしまうと途方もなくへこむし、落ちていってしまうんですよね。月捨は他の捨に比べると、これまで見てきたものからあまり地獄を受け取っていなそう、と考えていたんですけど。それ以上に宮野捨は情動が豊かで共感性が高いから、他人の痛みを己の痛みとして引き取ってしまいすぎる……。なんならこの人花鳥風見たら天魔王がかわいそうで泣いちゃうんじゃないですかね…鳥とか…見れないんじゃないの!?舞台に駆け上がって鳥捨止めちゃうんじゃないの!?

上弦の感想でも書いたけど、宮野捨&早乙女天だったら、宮野捨は霧丸を振り切ってでも天魔と心中してくれちゃった気がするので、お前…下弦でよかったな…!!!と心から思っています。だって宮野捨、絶対天魔の心が弱ければ弱いほど「助けてやらなきゃなんねえ…!」って意気込んじゃったでしょ。そんな宮野捨に送りたい。花天魔(同上の余地なしアッパークソ野郎天魔王)(人が死ぬのってたのしーっ!殿もころしちゃおっ!蘭丸も殺しちゃおっ!捨も殺しちゃおーーっ!)(みんな、ゲキシネ花髑髏見てね!)。

たとえば風捨も、人のためなら敵だろうと涙を流してくれる心優しいやつだったんですけど、みやの捨みたいに天魔が死ぬの追いかけて泣いてくれたりはしなさそう、ってイメージなんですよね。あの捨はドライなとこめちゃくちゃドライなイメージがある。誰かのために号泣したあと「ハーよし元気出していきましょう!エーザイ!」って立ち会がってのしのし二足歩行しそうなとこがある。

でも、宮野捨はあんまり泣きはしないゆえに、一回泣くともうだめだあ…ってぐらい崩れ落ちて、ひとりでに闇の中へ落ちていってしまうんですよね。蘭の痛みにも天魔王の痛みにも共鳴して、最後の誇り・矜持を貫いて死んでいった二人の寂しさ、痛みを自分が請け負おうとしている。そんなことやろうとしてたら、そりゃー潰れるよ!!って……思いますよ!!
潰れるよ!!潰れちゃうよ捨!!なんでそんなもの背負おうとしちゃうかな!?

捨之介っていうのは、特別なにか秀でている男というわけではないんです
腕が天魔や蘭ほど立つわけでもないし、たぶん頭がいいわけでもない。蘭みたいな寵愛を受けてきたわけではないだろうし、ただ人に愛され、人を愛すのがうまいという男なんですよね。華やかな主人公のように見えるけど、その実、泥臭いところにいるのが捨之介という男。

そんな彼が、天才だけれども人と関わることを絶ち、ひとりになろうとしていた霧丸を救い、霧丸に救われるのは本当にアツかった……。捨と霧は正反対の存在なんです。「お前にはわからない」と天蘭みたいな異才の者たちに突き放された捨之介だけど、最後に同じような異才の霧丸を掬い上げた。わかりあえない髑髏城という物語だからこそ、この救いは大きい。

月髑髏の捨之介は、名前を捨てない捨之介なんですよ。
月だけ見ていらっしゃる方に説明させていただくと、もともと捨之介というのは、最後に己の名前を捨てて、新しい自分にふさわしい名前を探す旅に出る、と宣言して去っていくんですね。ところが月はそのくだりがなくて、最後まで捨之介は「捨之介」のまま退場していく。それは捨之介が、「捨之介」である自分を否定しない。肯定して生きていく、と決めたからにほかならないと思っています。

特に宮野捨は、最終的な己への肯定が強いと思っていて。肯定といっても全肯定にはどうしたってならないんだけれども……自分を信じるというより、信じたのは霧丸かな。これは中島かずき文脈に則って言うと「俺が信じるお前を信じろ」かもしれない。捨之介を否定するということは、捨之介が救った霧丸を否定したことになるから。だから霧丸を否定しないためにも、そして天と蘭という存在を忘れないためにも、捨之介は捨之介として生きていくんだよなぁ。
 
そう思うと…なんかあの…お前…
お前めっちゃ不器用だな!!!!!!!!!!!大丈夫かそんなんで!!!!
でも人間だから、不器用だよな。不器用だろうとなんだろうと、みんなのために頑張って、自分ボロボロになって、最後は生きるために頑張った捨之介が私は本当に愛しいんですよ。宮野捨は我武者羅で血のたぎり熱い捨だったので、なおさら愛しくなってしまった。
 
スーパーヒーローなんかじゃない。
捨之介もまた、弱くてちっぽけな人間なんですよ。
それでも、いつでも太陽のように笑っていてくれた宮野捨がほんとうに好きだったな。太ももがまぶしかったしな(大事なんだよ!!!!!)
 
是非次は五右衛門ロックでシャルルのお友達枠として明るく楽しいヤベー奴をやってください。五右衛門に「めちゃくちゃなのしかいない」と言われてるとこ見たすぎでしょ。
 
 
■天魔王
 
上弦がわりと表情筋動かない(インスタで絶対同じ角度からの写真しかあげない)オンナだったのに対して、こっちの天魔王くんわりと男性ホルモンだし表情動きすぎてディズニー映画かよ君はヴィランズさんのとこの新しいお仲間かって感じなので、もう顔見てるだけでオモロかった……。六欲天ダンスだけで一度に摂取していい天魔王の表情全部網羅した気分になる。
設定資料集の表情一覧だけめちゃくちゃ潤っていく男・下弦天魔王。
 
いやー実は最後の方でこの人のことわからなくなってました。下弦は、蘭へのわからなさ強すぎてこの人に「わからん」と感じている隙があんまりなかったんだけど、実はひそかに「わからん…」と思っていた。私の月髑髏わからん案件三銃士だった(下弦蘭・上弦捨・下弦天 三人合わせてわからん三銃士)。
 
というのも、後期公演でわりと変わってきてたんですよね。最初見ていた天魔王と後期に見ていた天魔王では、だいぶ違っていた。上弦も下弦も、一番変わってきていたのは天魔王なんじゃないかな、と思う。端的に言うと、後半のほうがキマってたし後半のほうがカルシウム足りてなかった気がする……。
 
後半で投げキッスしはじめたのは普通に怖かった。天魔王ってやっぱ怖いよー!!!なに考えてんのかわかんないし!!何し始めるかわからないし!!!あの投げキッス、なんだったんだろうなーって考えてるけどよくわからないですね。
上弦天魔王のテーマ「愛」です。下弦天魔王のテーマ「大手企業でクーデター起こしてベンチャー企業始める」ですと思っていたんですけど、もしかして下弦天魔王のテーマも愛だったんですか…?株式会社DOKULOVE党……?
 
は〜信長何チンタラ甘ったるいことやってんねん蘭なんかにかまけて…俺が変わって天下統一してやる!!エッ!?なに!?蘭丸に生きよと伝えろ!?そういうのは俺に残業代を払ってから言え💢💢💢今日から俺が天魔だクソ💢💢💢
 
……が下弦天魔だと思ってるし、それは最後まで変わらなかったんですけど、彼も彼なりに信長を愛していたことは思っていて。上弦みたいなあからさまなお慕いではないと思うけど、それでも尊敬していたり感謝していたりはあったんだろうなって……ゆえに晩年ノッブが解釈違いすぎたという。やっぱり、近しい像としては鳥天だったのかなぁ。多分鳥の殿より下弦の殿のほうがさらに蘭丸にデレデレだっただろうしな……かわいそうに……。
 
うんまぁ最終的には、大企業なんだから評価制度はちゃんとしようねっていう。直属上司ベースでしか評価しないのは偏るからだめだよねって。
蘭丸!!!かわいいから100点!!!人のやつ!!まあ頑張ってんじゃん?40点ぐらいな。みたいな評価されてたら天魔のほうだって気が狂ってしまうよな。
髑髏城の七人月下弦の月パワハラは良くないということを教えてくれる。全国の上司のみなさん気をつけていきましょう。
 
信長とはそういうこと(どういうこと)だとして、月はどっちもなんですけど、天と捨の対立感強いんですよね。蘭兵衛はぶっちゃけ関係ないし、あいつはいつでも場外乱闘なんですよね。めちゃくちゃ目を惹く場外乱闘。それが無界屋蘭兵衛。
やっぱり髑髏城の七人は捨之介VS天魔王の物語なんですよ。特に下弦の天魔王は、捨之介という強烈な光を恐れているように見えた。あんまり軽視はしてないと思うな。あいつはヤバいとわかっているからこそ、気に留めないように振る舞っていた気がする。
 
これ私がいのうえひでのり(演出)の人でなしポイントだと勝手に思い込んでるんですけど。捨之介の退場が勾配を駆け上がっていくのに対して、天魔王の退場が下に落ちていくの、本当に悪趣味でコラコラ~ッて思うし、蘭は地べたにはいつくばってそのまま息絶えていくからなおのことクソーッ!!いのうえひでのりーーーっ!!!神か!!!??と暴れだしてしまう。ほんとすぐ暴れるな私は。
 
あれだけ「天」に「天魔王」に執着した天魔王ですけど、最後は捨之介に「天魔王として死ぬが良い」と天魔王を押し付けて死んでいってしまうんですよね。最後死んで行くときの彼は、天魔王ではなくて人の男なんですよ。その意味ってなんなんだろ…って考えていくと、天魔王によってもいろいろ種類はあると思っていて…下弦の彼においては「天魔王」という存在をこの世で生かすための、最後の呪いであったかのように感じたな。
 
そして己が執着した「天魔王」を押し付けようと思えたのは、そこに捨之介への信頼があったからだと思うんです。こいつなら、天魔王を背負って生きていくだろうという信頼。ナカヨピのダチではなかったけど、愛すべき宿敵とでも呼べる存在だったんじゃないかなぁ。下弦の捨天は。
実際、捨之介は天魔王を殺した「捨之介」のまま生きていくことを選ぶわけだし、ある意味思惑通りなわけで。月髑髏は天魔王勝利の髑髏城だと思うんですよね。
 
天が蘭の目を斬ったのは、もう二度と彼に「天」を仰がせないためのような気がした。お前には天は仰がせない、天は私のものだ、という威圧・報復に感じたな。だからこそ、捨之介には「天魔王」を押し付けてしまえるところに、天と捨の特別さを垣間見たような気がする。
 
個人的には月で一番振り幅大きかったのがこの天魔王だと思っていて、上弦も下弦もまったく違ったアプローチでおもしろかったです。どちらも役者さんとしての強みがわかりやすいところも良かった。早乙女天魔は体の芝居。鈴木天魔は声の芝居と表情の芝居。重きを置いている箇所がそれぞれ違っていたので、その要所こそが「天魔王としての恐ろしさ」につながっていてすごく面白かったです。
 
最後まで結局、私には鈴木さんがどういう役者さんだったのかはよくわからなかったんだけど、ここまで「どういう役者かわからない」と感じたまま最後に辿りついたのが、憑依型の役者さんと評されている所以なのかなと思いました。
 
私の最後の鈴木さんメモリー、敦盛2011踊ってたころだったので……
とんだ転生しちゃったねお蘭〜〜;;でも許すよっ☆って脳内の村井信長が叫んでたんですけど……
(上弦も蘭丸転生天魔王なんだよなぁ…)
 
なにはともあれ、あのステ数まったく調子を落とさず駆け抜けたのはさすがとしか言いようがない。本当にお疲れ様でした!
 
■蘭兵衛
 
ど、どう処理していいのかわかんねえーー……。
 
「ひろせ蘭わかるでしょ」って言われているのを見ながらも、それでもわかんない、わかんないんだもん!わかんないよーーっ!!!!!と枕を涙で濡らしてきた蘭兵衛さんのオタク、最後までひろせ蘭わからないまま下弦が終わってしまって、それが一番の悔いだったんですよね。
わかりたかったんだよな。他の方の解釈を拝見させていただいて「ほ〜…」と思っても、実際見ると私の中には落ちてこなくって、私は自分で納得しないことにはあんまり納得できないタイプの人間なんだなぁというのを痛感したり。わりと苦しかったです。
 
最後に見た下弦で、途中まで「あ!!今回わかったかもしんない!!!」ってなったんですよね。
で、無界襲撃で「ダメだわかんない!!!!!!!!!!」となってステアラを出た……。
わかんなかった…またしても…。お前を…理解できなかった……。
 
下弦蘭のなにがわからないか、についてはだいぶ前のエントリでもうつらつら書き綴ったので、もう書く必要はないと思っていて。ので、ここからは私が下弦蘭についてわかんなかったなりにうだうだ考えた帰結をかければと思っています。前提として、私は廣瀬さんのブログはまだ読めてないです。ちょっと読みかけてアッだめだこれ読んだらたぶん理解できなかった自分がきつくて寝込むなって思ったので、ゲキシネタイミングぐらいで読むと思います…。
 
えと、下弦蘭って優しい子としてつくられてると思うんですけど。
私はやっぱり、彼が「優しい」「いい子」だとはどうしても思えない。それはそもそも、蘭兵衛という人間の行動が「優しい」「いい子」であったら為せないはずのものだから。蘭兵衛の劇中での行動はいつだって「自分のため」であって、彼は他人のためになんて生きられない作中でもっともエゴイスティックな人物だと私は捉えているからです。ので下弦に限らず、優しいいい子の蘭兵衛というのは髑髏城という物語に出てくるからには存在しないと思っている。
 
ただ、下弦蘭が「優しく在ろうと」「いい子で在ろうと」していたことは事実なので、そう在ろうとした心根自体が優しいものであった、というのはわかるな。捨之介もそうだけど、自身の欲求を抑えて守ろうと戦おうとしていた子は偉い。なので、天魔に唆されるまではほんとに守ろうとしていたのだろうし、天魔を殺そうとしていたのだろうと思う。彼自体は、歴代蘭のなかでも比較的穏やかな子だったんだとは思いますよ。
 
ところが天魔に唆されて、彼は「自分が無理をしていたこと」に気づいてしまったんじゃないかな、と思った。そのむかし、信長様に元にいたときは心からいい子でいられたのが、「優しく在ろうと」しなければ優しいままではいられなかった自分に気づいて、絶望してしまったのかなと思った。どうやったって昔には戻れない、昔の自分にもなれないし、心から優しい人間にはなれない、と。もしそうであるとしたら、その絶望は心根の優しい人間にしか持ち得ないものだと思うし、彼はすごく心のやわらかい子だったんだろうなと思う。
 
途中、無界襲撃で刀身に自身を映して紅を引くのなくなったけど(そのあと復活してたらごめんなさい…)、私はあれなくなったの良いなーと思ったんですよね。自分が守ろうとしていた女たちの血で紅を引いて悦楽を得るというのは、あまりにも「いい子」像からかけ離れているように感じたので。後半の大暴れぶりは悦楽というよりも逃避に見えたので。
 
のでやっぱり、私のなかで下弦蘭のテーマは「抑圧と開放」だな。
他者や環境、時勢ではなく自身に絶望して歪んでしまう人間が、絶望ゆえに箍を外してしまうとどうなってしまうのか、というのが下弦蘭である……という風に受け取りました。
 
……ってこんなこと書いてもさ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
多分役者さんご本人のブログ見たらぜんっぜん違う答えがのってるわけでしょ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!?
笑ってくれよ唸りながらぜんぜん違う答えをこうだと思うんですけど…とのたまっている私のことを!!!!!!!!!!
 
あのブログ更新で「蘭の答え合わせされる」って経験がなかったらんべオタクは「よりによって理解できなかった下弦蘭で答え合わせ……わたし…期日までに宿題提出できなかった子じゃん…」と謎の凹み方をしていたんですが、そのあと上弦蘭のラジオつけたら髑髏城の質問に「刀落としても気にしない」「はあ〜落ちちゃった…お前ら見てねえよな?って感じでやります」「はい次」とベルトコンベアみたいな流し方してて、足して二で割ってくれよって思いました。
 
上下で天の振り幅がすごかったと書きましたが蘭もなかなか振り幅があっておもしろかったです。上弦蘭は人選ぶだろうなって感じるタイプの暴投ぶりで(でもお芝居自体は丁寧だったんですよ本当ですよ…)、下弦蘭はおそらく初見の方ほどよくわかる感じの、スタンダート蘭兵衛さん。上弦蘭が刀をバーンッと床に投げつけるのに対して、下弦蘭は刀をポーンッと上に放るのオモシロカッタ……ポイポイものを投げるんじゃないよお前たち…。
 
わかんないわかんないと言ったけど、下弦蘭がいやだったとかではなく、一幕とかは…もうね…微笑むたびにしんどくて…や…やめろ…そんな顔で笑うなマジで守りたくなってしまう……と震えたりしましたね。あんな風に笑われて、二幕であいつがあんなことになるなんて誰が思うよ……ああやってふわふわ笑って殿にン〜♡蘭丸♡かわいいでなぁおぬしは♡といいこいいこされて育ってきたのが下弦蘭。もう頼むからそこにいてほしかった……じっとしていてほしかった……。
 
黄泉の笛でふわっと跳躍するところがめちゃくちゃ好きだったな。笑った顔を見るたびに「二幕の所業を許してしまいそうになるからやめて」と胸を痛めたこともあった。「マジでわからない…今日も…今日もわからなかった…」と豊洲の夜道をトボトボ歩いたのも、だいたいこの蘭のせい。
 
ある意味情緒をめちゃくちゃにされましたが、ゲキシネで「理解」を得たうえで答え合わせできる日が来るといいな、と思っています。不出来な私宛に答えを教えてくださったみなさんには、本当に…おばかですみませんでした…という気持ち。お…おばかですみません……これから私は「月髑髏留年生です」という札を首から下げて生きていきます……。
 
■霧丸
 
沙霧⇒霧丸の変化に思う所ありすぎた私に「あ、なるほど。これなら霧丸でもいいな」とまず最初に思わせてくれたのが松岡霧丸でした。
ていうか顔が可愛すぎて「もうほぼ沙霧」と脳が判定していた
 
私は沙霧において好きだったところは、大人の理屈や武士の思惑だらけの髑髏城という物語のなかで、子どもじみた「生きていてほしい」「死んでほしくない」を通して捨之介を救い出すっていうところなんですが、その点の継承度合いにおいては松岡霧丸とても強かった……。めちゃくちゃひたむきで、めちゃくちゃ光だった……。
 
上弦の感想で「福士捨には平間霧丸じゃないとだめだった」と書いたのですが、下弦もそう。宮野捨には松岡霧丸じゃなかったらだめだった。宮野捨はぶっちゃけ福士捨より面倒くさいんですよ。己の抱えてるものとか、闇に対して「まあ取り立てて騒ぐことじゃないよ」って他の人を優先しちゃう男。お前に生きていてほしいんだよって言われても、それを心からすぐには信頼できない男。だからこそ、感情に素直でドストレートな松岡霧丸の「生きろ」が刺さったんだと思う。
 
下弦霧丸が強いか弱いかで言うと、私はけっこう弱いというか、なんなら沙霧・霧丸のなかでいちばん弱い子だとは思うんですよね。能力としても天才型で、建築!でっかいたてもの!たのしいーー!ってやってるうちに赤針斎になってしまったイメージ。世間にも疎くて、外部からのダメージにもあんまり耐性なさそう。でも、だからこそゴチャゴチャ余計なことは考えず、ストレートに「生きろ」と言えたんじゃないかな。
 
捨之介が死にたくたって関係ないんですよ。霧丸は捨之介に生きててほしいから。だから「俺が生きててほしいから生きろよ」をそのまま伝えられる霧丸は、本当に捨之介にとっての光だったなと思う。捨之介。霧丸を救ったけど、それによって自身が救われるから。捨と霧の相互補完加減がほんとうにすきで…上弦も下弦も、とっても良かった……。
 
でも「絶対霧丸は捨之介を離さないでくれよ」って思ってしまうので、「えっじゃあ霧丸結婚したらどうするの」「宮野捨置き場に困らない?」「でかいし場所取るし反応多いし」「わたしが霧丸の嫁だとして絶対宮野捨置いてあるうちに入籍したくない」というめちゃくちゃどうでもいい悩みが今も頭から離れない。
 
いやだ…霧丸結婚しないでくれ……。
ずっとあのかわいい笑顔で舞台をぴょんぴょん跳ね回り続けててくれ……(おじいさん月髑髏もう終わりましたよ)
 
 
■兵庫
あっもうホント ホント良かったですよね。良かった。マジで良かった。
 
最初のキャスト発表時、ありとあらゆるキャストに大なり小なりの「大丈夫なのか…」を感じたものの、一発で「ここは問題ないな!」と確信できたのが木村さんの兵庫だったんですよね。新感線経験者だし、まず初回でとんでもないことやらされてたし……。
 
なので兵庫絶対行けるでしょ!!とステアラにむかって「木村兵庫、行けてた!!」と言いながら帰ってくることになった。
初回から最後まで常に安定しつづけていて、ずーーーーっと完成してた。兵庫がしっかりしていると、格段に作品の見やすさがあがるので、下弦兵庫の「見やすさ」への貢献ぶりときたら凄まじいものだったと思います。
 
兵庫って、解釈もなにもなく見たまんまを受け取ればいいキャラなので、すごく見てて落ち着く(笑
彼は髑髏城において「名もなき人々」の代表格だと思います。霧丸は、ちょっと微妙なんですよね。言っても彼は天才だし、名のある一族の長だし。兵庫は農民の生まれで、めちゃくちゃ強いってわけでもなくて、なにか特別なことができるわけでもなくって……。そういう兵庫が天魔王たちに一矢報いるっていうの、すごくアツいし、髑髏城という物語において気持ちが良い瞬間のひとつですよね。
 
木村さんの兵庫は、私としては花鳥風月ナンバーワン兵庫でした。ホンットーにかっこよかった…!
 
 
■極楽
 
いやーー初日はギョッとした。え、うそ。え、ほんと?ほんとに!?ってなった。
年齢が上がったはずなのに、花鳥風月通して誰よりも少女の極楽に見えたから。
 
明るくて溌剌としていて、キュートで少女めいた極楽太夫。でも、その内側ではずっと色々なものを抱えてきていたんだと思う。きっと雑賀であることをやめなくてはならなくなった日からずっと、辛い思い苦しい思いを抱え続けて、でも「私がしっかりしないとだめなんだ」と己を奮い立たせて生きてきたら、その感情の発露をできないままになってしまった人。
 
むかし、鳥のライブビューイングに初見の方を連れて行ったときに「最後に極楽や兵庫も己の仮面を捨てて、本当の自分で去っていったのがよかった」って言われて、目からウロコだったんですよね。兵庫も極楽も少なからず自分に仮面をかけていた。それを外せたから、晴れやかに立ち去ることができたんだなって。
 
下弦極楽はものすごく脆い人だったと思う。
己が脆いからこそ、強くあろうとひたすらに頑張っていて、そういう面で蘭兵衛さんをほっとけなかったのかもしれない。蘭兵衛もまた、自分の思いに蓋したまま生きていかなきゃいけない人だったから。蘭兵衛を見送ってしまったのも「私みたいにはならないでほしい」っていう想いがあったのかもなぁ。結果として行き着く先は……だったけど。
 
常にまわりを考えて、まわりの気を落とさないように明るく振る舞っているけど、時折見える「この人は大人の女の人なんだな」と感じる瞬間がすごく愛しかった。「ゆっくり寝なさい。朝までしっかりね」の柔らかいトーンとか、聞いてるとたまらなかった。だから兵庫の気持ちめちゃくちゃわかる。こんな人見てしまったら、俺が守りたい!と思っちゃうよなー思っちゃう。
 
どの髑髏においても基本的に「蘭兵衛コラコラコラ〜〜ッ!!!極楽に謝って!!!」と叫びたくなってしまうけど、下弦は特に「こんなにお前を思ってくれた太夫をーーーーーーーッ!!!!!!!!」と蘭兵衛の肩を揺さぶりたくなってしまう。でも、下弦の極楽に関しては二幕であれだけやらかした蘭兵衛のことすら、許してくれそうなところがるんですよね。えーん…許さなくていいのに…そんな男許さなくていいのに…それでも許してしまいそうなのが、下弦極楽なんだ。
 
本編が辛い分、最後のカテコできらびやかな極楽衣装をまとって微笑んでいる姿にとても救われました。
実は作中でめちゃくちゃ辛い思いをさせられてる筆頭のヒトなので、今度こそ幸せになってほしい。頼むぞ兵庫。守ってやってくれ。まあ今日からは極楽が銃を片手にみんなバンバンバンバンッ!!!!なんですけど。
 
■贋鉄斎
上弦の贋鉄斎はキュートでプリキュア妖精さんみたいなんですけど、下弦は普通に気持ち悪いしうるさいし害悪だしおっいつも通りの贋鉄斎だな!って感じで、下弦の贋鉄斎ルームに戻ってくると自宅のような安心感でしたね。やっぱり贋鉄斎は害悪じゃなくっちゃな!
 
いまこの感想を書くためになんか贋鉄斎のいいところ思い出さないとって思うんですけど、うるさかった怖かった害悪だったみたいな気持ちがホワンホワンホワン…と頭の上に浮かんでは消えていくので、書くことがない……これぞ幽玄……。
普通に良くて好きだったんですけど、害悪インパクト強くて……虚空にキスしてるのが怖くて怖い…って思っちゃって…下弦キス魔多くない!?下弦はKiss髑髏だよ!!
 
贋鉄斎と上弦捨は気の良いおじちゃんと子犬みたいだったんですけど、下弦は多分むかし漫才コンビを組んでいたことがある仲だと思います。一年ぐらいコンビを組んだんですけど、どちらも「俺がボケ」と主張した結果、方向性の違いによって解散したんですよね。
 
書くことないからってこんなことを書いてて何になるんだろう……
もうええわ!ありがとうございました〜(パチパチパチ…
 
■狸穴
正直最初みたとき「イケメンすぎるからっておとぼけメイクされた千葉狸穴」という存在が面白すぎてフフッとなってしまってすみませんでした。ワカドクロ履修者はわかると思うんですけど、あのぐらいしないと千葉狸穴かっこよすぎて「な〜にが狸じゃそんなにハードボイルドな狸がおるかい」とツッコミいれちゃうんですよね!?ので正解。
 
しかし、それでもなお狸と言われると相変わらず「たぬ…?」となってしまうイケメンぶりだった。
上弦のいっけいさん狸穴が狸感すごかったので、やっぱり下弦は「戦国武将イケメン擬人化ゲームのほうのイエヤッスだな」って気持ちで見てましたね。もう下弦のイケメン担当だからね。しょうがないね。イケおじ枠を一身に背負って出てきたからね。
 
あと上弦に出張してくださったのもお疲れ様でした。ワカの亡霊なので、千葉狸穴と太一天魔が相対する時空があったことに興奮を禁じ得なくて申し訳ない。興奮…興奮してしまいますよそんなん!!
 
贅沢いうなら、また七年後のさらに渋い千葉イエヤッスがめちゃくちゃ見たい……
 
 
そんなこんなで、上弦ほどは通えなかったのですが、通えなかったことが本当に残念だったなと思っているほど大好きな髑髏城でした。
月は変更点が多くて、そしてどの変更点も私にとっては受け入れづらいものが多くて、特に捨之介が天魔王を「殺さない」というところは本当に、本当に……「いやだな」と思ってしまった。
 
捨之介には天魔王を愛しているからこそ「殺して」ほしかったんですよね。
でも、月捨はそれを選ばなかった。ゆえに捨自身がすごく苦しむことになってしまって、ほらーー!だから言ったじゃん天魔王に感情移入しすぎるとしんどいって!!!!!ねーーっワカ捨くん!!!!!!???????って脳内のワカ捨に同意を求めたりしていたのですが、終わった今ではそういう甘さも人間らしさであったのかな、と思っています。
 
月髑髏は、みんな人間臭かったなぁー。
決して強いとは呼べない人たちばかりだし、過ちもある。苦しくって絶望してもう立ち上がれないという日もある。それでも生きていくし、生きていかなきゃならない。ある種、自分の意志を貫いて死んでいった天や蘭は、幸せだったとも呼べると思うんです。死んでしまうことは悲しいことだけど、時には生きていくことより苦しくないってときもある。生きていくことって、踏ん張ることを要求されるので、頑張っていかなくっちゃないんですよね。
 
上弦は青春の過ち髑髏だったけど、下弦は青春の過ち髑髏、というのとはちょっと違って……。「生きていくことは辛い。辛いけど生きていくしかないんだよ」っていう残酷を踏まえたうえで、それでも生きて拝む朝日はこのうえもなく美しいんだよっていう人間讃歌だったと思っています。もう死んでしまった人も含めて、みんなそこで一生懸命生きていたから。悪いことしたやつもみんなのために頑張ったやつも、そうやって生きていたという事実自体は変わらない。その重みだけは等価なんです。
 
だから、気持ちとして見終わったあと比較的爽やかだったな。闇が光に転じる瞬間がはっきりとしていて、強烈だったので、いつもうわーーって凹んでうわーーって救われてうわーーってステアラを出て、うわー…うわ…ウワーーッ!!と豊洲の夜道を駆け出してしまっていた。ほんとに不思議なもんで髑髏城見たあとの豊洲(12月〜2月)全然寒くなかったんだよね…完全に興奮しきっていた……。
 
でもやっぱり、こういう気持ちになったのは、最終的には宮野捨・松岡霧のカラーによるもののように思っています。やっぱり私としては下弦はこの二人がものすごく良くて、ものすごく好きだったな。二人がお互いを助けて、助けられて、ボロボロになりながらも助け合っていく姿の眩さが、その他たくさんの苦しさ、辛さを押さえ込んで「生きてくっていいな!」っていう気持ちに運んでいってくれたので。
 
髑髏城としての辛さをきっちり抑えつつ、それでも「生きるよ!」っていうテーマに帰結してくれた下弦髑髏が、とても好きでした。あの長期間、ほんとうにほんとうにお疲れ様です。
ドクロスのみんなもゆっくり休んでね。
 
生きていくって良いよね。
ボロボロになっても、やっぱり生きていかなきゃならない。
つまりそれは、月髑髏でどれだけ財布をボロボロにされようと極髑髏には行かなきゃならないし楽しかったらチケ増やさないといけないっていうことなんですけど。
 
やばいあと数時間でもう極髑髏始まってる!!!!!!!!!!!!!
捨之介大好きだよでも天海極楽が最強イケメンで「花鳥風月極最強ダーリン♡」とのたまっても許してください!!!!!!!!!!!
 
財布を三途の川に捨之介!
残高を知らぬ顔の蘭兵衛!
貯金貯まらずの兵庫!!
 
揃ったな!行くぞ!!!髑髏城攻めだ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!
下弦本当にありがとうございました!!!!!!!!!!