【総括】髑髏城の七人月~下弦の月~とても好きでしたの感想

やばい極髑髏はじまる!!!!!!!!!!!!!!!!!
上弦の卒論(まだ卒業しないよ)こっちです!!!!!!!!!!!
 
あーーーーーーーーー上弦が終わってしまったけど下弦も終わってしまったし、月髑髏…月髑髏終わってしまいましたね……ほんとに何を楽しみに生きていけばいいのかわからないよ…って言いながら、今宵からは極髑髏!!極髑髏サイコー!!!と踊り狂っているのが見えているオタクです。こんばんは。
 
わたしは上弦をメインに月髑髏通ったオタクだったのですが、下弦もよかったなぁ…。
下弦の良さについては、これまでのブログでもわりと口うるさく?語ってきたと思うので、いまになって語ろうとすると「…良かったなあ〜…」とボケ老人みたいな感想しか出てこないんですよね。よ…良かったなぁ〜……。
私はボケ老人なので下弦髑髏の記憶半分ぐらいが捨之介の太ももです。
 
下弦は本当に出だしから安定感があって、初参加のメンツが多いながらもハラハラすることなく、どっしり構えて見ていることができました。上弦髑髏、豊洲の荒野にすのこ一枚引いて「はいここがお前の宿。寝てな」って言われてる…って思いながら見てたけど、下弦髑髏は「お嬢様こちらが豊洲の誇るロイヤルドクロホテルでございます」と執事(CV神谷浩史)(宮野真守じゃないのかよ)が一礼してきたのでどーいうことだよって思った。
絶対下弦のほうがステアラの椅子ふかふかだったからね。私の尻がそう言ってる。
 
上弦の記事のほうで「上弦始まる前めちゃくちゃ不安だった」って書いてたけど、下弦は「私はよく存じ上げない役者さん多いけど、まあ大丈夫なんだろうな」と思ってたので、想定通りの大丈夫さ(?)でよかったです。もうなんなら宮野捨CMスポットを見た時点でハ〜もう下弦の月、問題ありません。って思ったもんね。
 
とはいえわたしはいわゆる2.5と呼ばれるタイプの芝居ってほぼ見たことなくって、役者さん含めそっちの文化にはめちゃくちゃ疎いんですが、髑髏城ってもともとマンガ…芝居の形を取ったマンガなので…2.5畑のキャストさんとはかなり相性の良い演目だったんじゃないかな。あとの人たちはともかく、捨之介ってあんなにアニメ的になるんだなってびっくりしたもん。
 
いや鳥髑髏の捨は「爆殺にんじゃ!すてのすけ!」って感じだったけど……掲載誌はコロコロコミックだったので……下弦もうちょっと大人っぽいというか、宮野捨:藤田和日郎 鈴木天魔:由貴香織里 廣瀬蘭:高屋奈月だったので、うわ〜ほぼ花とゆめじゃんって思って見てましたね。ほぼ花とゆめじゃん〜〜(からくり宮野サーカスから目を背けるオタク)
 
なので、見てる時の感覚はやっぱり、今までの髑髏城とはちがってたかな。
私はワカドクロから髑髏城のオタクをやっていて、髑髏城という作品にとてもオタク的な執着をしていて、人物をキャラクタ的に捉えているんですよね。でも、これまでの髑髏城は(もちろんその要素は他のお芝居に比べると強いのだけど)役者さんがキャラとして演じているかというと、そうでもなかったと思う。思い込みかもしれないけれども、下弦は全体的にキャラに対して畏敬とも呼べる尊重ぶりを見せる人が多かった気がします。
 
それは、正直を言うと私には時折怖くって、でも下弦が持つ魅力の根底もそこにあったのだろうなと感じました。
役者の、キャラへの畏敬と、そのなかで編み出した解釈の提示。誤解を恐れずにいうとものすごくオタク文化的なアプローチで、ただ髑髏城という演目にはそのアプローチもきちんと機能する。最初から作り込んできている人が多いな、と感じたのはその所以もあるのかな。
 
でもあんまり、2.5髑髏とは言いたくないかな。
やっぱり髑髏城の七人月下弦の月下弦の月というオリジナルの作品であって(や、まあ言ってしまえば今の髑髏城なんてぜんぶ初演もしくは1997のセルフ二次創作みたいなものでさえあるのだけど…)、下弦の月のなかに再現すべき「二次元」「キャラクタ」はいなかったと思います。役者さんがどのような気持ちでやっていたか、私には理解することはできないけど……それでも、私に見えたあの人たちはキャラクタではなくて、その時舞台のうえで生きている人間だったので。再現でもなんでもなく、その時舞台で生きている彼らこそがオリジナルだったので。だから、2.5というとちょっと、ピンとこないかな。嫌だというわけでもなくピンとこない。
 
とはいえ、2.5出身の役者さんだからできたこともいっぱいあって、そういう意味ではけっこうクセの強い公演だったと感じています。ものすごく見やすかったけど、振り返ってみるとあれはあれで異質だったな、と思う。喉越し良く、見たあともスッキリとした気持ちで豊洲を出られるんですけど、家に帰る頃にはたと「いや…なんか引っかかるな…」となる。そんな塩梅。
 
感想とはちょっと別の話なんですけど「髑髏城こんなにもオタク向けなのにオタクには敷居高くて勧めづらい」と泣いていたオタクとしては、下弦というオタクに勧めやすい髑髏が出てきてくれたの助かった。見て見て!!オタク!!これオタクが好きなやつなんだよ!!って銅鑼を鳴らしまくったので、その甲斐あって見てくれたひとが少しでもいたら…いい…な……。
いや、私がきっかけでなくても全然良いんですけど、髑髏城を見ておもしろいと感じる感性の持ち主がひとりでも多く豊洲で回ってくれていたならそれだけでうれしいんだ。
 
上弦に通ったけど、下弦も通えるなら通いたかった。
あの立地、あの腰ぶっ殺し劇場で2日連続ぐるぐるはさすがにしんどくって、下弦行きたかった…とべそべそしてたんだよね。ダブルキャスト制、めちゃくちゃ楽しかったけどどっちの月も見上げたかった私には優しくなかった。見上げさせろ!!どっちも!!!
 
ダブルキャスト髑髏城って、告知されたときは「なんてこったい…」と頭を抱えてたんですけど、終わってみればそのダブルキャスト制度が楽しかった……。いや、せっかくだからアテ書が見たかったよって気持ちはあるんですけど、一方で役者が能動的に役を咀嚼して、強めのアプローチをかける楽しさが月髑髏にはあった。
 
私は、役というのは演者さんをきれいに見せるお洋服であると思っていて。その演者さんを輝かせるために仕立てられた、とても綺麗なお洋服によるファッションショーを見ているっていう、ごめんね意味わかんないね、ごめんね。私も何言ってるかちょっとわかんなかったわこれ。
 
つまり、これまでは劇団やかずきさん、いのうえさんが仕立てて役者さんに渡してきていた「お洋服」を、月髑髏においては役者たちが自分で手を入れる場面も多かったと思うんですね。だから、布をどうお洋服にするか、っていうアプローチ部分で差が出ていたんじゃないかな。
鈴木天がユザワヤで綺麗な糸とボタンを買い付けてミシンでカタカタ縫ってる間に、早乙女天が布ビリビリにやぶいて「服!!!!!!!!!!」って言ってきてる感じなんですよね。そうだね服だね。
 
というわけで、下弦とても楽しかったです!ほんっとうにありがとうございましたーーー!
そして願わくば、下弦を楽しんでくださった新しい髑髏党員のみなさまには、他の髑髏城も見ていただきたいな。すごくおもしろいんだわ!!ほんと!!!
 
だから公式ゲキシネ告知早くしてくれぇ…
メタマク回し終えたあととかは勘弁してえ…
 
■捨之介
わたしの下弦髑髏が好き!の半分ぐらい、宮野捨が好き!だったと思います。
初回見たとき、休憩で興奮しすぎて「やばい」「すてのすけ」「ウオ〜〜」「宮野真守のオタク大丈夫?こんなヤバいものを見せられて生きてる?」「わたしが宮野真守のオタクだったらこの幕間のあいだで、二時間後指定で救急車呼んでる」って口走って、二幕観終わったあと豊洲のクソ寒荒野を「みやのまもるーーーーーーーーーーーーーー!!!!!!!!!!!!!!!!」と叫びながら駆けたよ。
 
宮野さん、私は普通にイケメンじゃんって思うんだけど、でもまぁ確かに…ここまでの捨たちと比べると小顔爽やかイケメンという感じではなくて……そして私はそこに興奮してしまって……。もともと捨之介という役が古田新太先輩から出てきた役柄なので(古田新太先輩は最強にかっこよくて最強に色気があるウルトラ捨之介だよ)、シュッとした小顔の月9イケメンが本道かというと、そういうわけではないんですよね。あっこれ小栗捨大好きオタクの言ってることなので、顔小さいイケメン捨への批判とかじゃないです。わたし、全ての捨之介をそれぞれのベクトル愛する捨之介オタクなので……す…すてのすけ…好き…なんだなぁ…。
 
だから、ぱっと見のビジュアルではなくって行動や人物としての「かっこよさ」「色気」で人間性を演出してくれる宮野捨、すごくねえ…良かったんですよ。捨之介のことが大好きなんだけど、捨之介ってちょっと完璧すぎるっていうか。私が天魔王だとしてあのイケメンたちに説教されると「うるせーお前みたいな花より男子取ってきた小顔イケメンとはこちとら生きてきた世界が違うんだよ」って思うから。あ〜小栗捨最高大好きみんな絶対花髑髏ゲキシネ見てね。(いいぞいいぞ花髑髏は良いぞ)
 
そんなこんなで「イケメン!小顔!スタイル抜群モデル体系!」からはちょっと離れたところにいて、でもとんでもなく格好いいっていう、ある意味本来あった姿に立ち戻った宮野捨。すごく良かったなぁ。福士捨がめちゃくちゃ好きなことは事実なんですけど、やっぱり捨之介は宮野さんぐらいの年代の人がやるとよくハマると思います。とても良いタイミングで捨之介に鉢合わせた(?)と思うな。宮野さん。

単純にお芝居がうまくて、パワーが強かったのもある。当たり前だけど声が本当によく通るし、声の演技だけでなにやってるか、何思ってるのかだいたい感じとれるし。殺陣だけすこし心配してたんですけど、問題なくこなせていたので非の打ち所がなかった。見てて不安に思う箇所がなくって。何より太ももの出し方がうますぎて……いや太ももの出し方がうまいかどうかは重要事項ですほんとうに!

強いていうなら、慣れてきた後期はすこしクドい、と感じてしまう箇所もあったかな。いや、多分初見の方にはあれぐらい説明したほうが親切で楽しいんだろうけど、宮野捨を追うだけで下弦が終わってしまうんですよね笑 後半の、小技や熟れた雰囲気を出せなくなってからの宮野捨がものすごく好みだったので、私はもう少し削いでくれたほうが好みだったのかもしれない。

といえでも、そんなの「強いていうなら」なことなんですよね。
いや~私は宮野さんのオタクではないし、ほんとさらっとしたことしかわからないけど、宮野捨、捨之介オタクとしてめちゃくちゃよかった。
よく笑いよく驚きよく怒る。表情豊かで、まばゆい太陽のようだった。それゆえに背負うものの寂しさも濃い陰に見えて、い、愛しい……となってしまった。私はすぐに「青空になって捨之介を抱きしめたい」という欲望に駆られるんですけど、もれなく宮野捨も抱きしめたい!!銀河の果てまで!!!って思ってしまいましたね。

たとえば花や鳥の捨って、己のなかに深い暗闇を持ち合わせていて、それを隠すように、己自身にさえ気づかれないように隠そうと頑張っていたように思えたのですが、宮野捨はどちらかというと風捨サイド。笑顔や陽の面は本物で、ちゃんと彼自身から出てきた表情だと思う(陽キャとしてのタイプは違うけど、福士捨もこっちだと思うし風捨もこっち)。このタイプの捨は、己のなかの闇に気づいていても「まぁ大したことじゃないな」と流してしまえるタイプなんですよね。

だからこそ、一度絶望に立ち会ってしまうと途方もなくへこむし、落ちていってしまうんですよね。月捨は他の捨に比べると、これまで見てきたものからあまり地獄を受け取っていなそう、と考えていたんですけど。それ以上に宮野捨は情動が豊かで共感性が高いから、他人の痛みを己の痛みとして引き取ってしまいすぎる……。なんならこの人花鳥風見たら天魔王がかわいそうで泣いちゃうんじゃないですかね…鳥とか…見れないんじゃないの!?舞台に駆け上がって鳥捨止めちゃうんじゃないの!?

上弦の感想でも書いたけど、宮野捨&早乙女天だったら、宮野捨は霧丸を振り切ってでも天魔と心中してくれちゃった気がするので、お前…下弦でよかったな…!!!と心から思っています。だって宮野捨、絶対天魔の心が弱ければ弱いほど「助けてやらなきゃなんねえ…!」って意気込んじゃったでしょ。そんな宮野捨に送りたい。花天魔(同上の余地なしアッパークソ野郎天魔王)(人が死ぬのってたのしーっ!殿もころしちゃおっ!蘭丸も殺しちゃおっ!捨も殺しちゃおーーっ!)(みんな、ゲキシネ花髑髏見てね!)。

たとえば風捨も、人のためなら敵だろうと涙を流してくれる心優しいやつだったんですけど、みやの捨みたいに天魔が死ぬの追いかけて泣いてくれたりはしなさそう、ってイメージなんですよね。あの捨はドライなとこめちゃくちゃドライなイメージがある。誰かのために号泣したあと「ハーよし元気出していきましょう!エーザイ!」って立ち会がってのしのし二足歩行しそうなとこがある。

でも、宮野捨はあんまり泣きはしないゆえに、一回泣くともうだめだあ…ってぐらい崩れ落ちて、ひとりでに闇の中へ落ちていってしまうんですよね。蘭の痛みにも天魔王の痛みにも共鳴して、最後の誇り・矜持を貫いて死んでいった二人の寂しさ、痛みを自分が請け負おうとしている。そんなことやろうとしてたら、そりゃー潰れるよ!!って……思いますよ!!
潰れるよ!!潰れちゃうよ捨!!なんでそんなもの背負おうとしちゃうかな!?

捨之介っていうのは、特別なにか秀でている男というわけではないんです
腕が天魔や蘭ほど立つわけでもないし、たぶん頭がいいわけでもない。蘭みたいな寵愛を受けてきたわけではないだろうし、ただ人に愛され、人を愛すのがうまいという男なんですよね。華やかな主人公のように見えるけど、その実、泥臭いところにいるのが捨之介という男。

そんな彼が、天才だけれども人と関わることを絶ち、ひとりになろうとしていた霧丸を救い、霧丸に救われるのは本当にアツかった……。捨と霧は正反対の存在なんです。「お前にはわからない」と天蘭みたいな異才の者たちに突き放された捨之介だけど、最後に同じような異才の霧丸を掬い上げた。わかりあえない髑髏城という物語だからこそ、この救いは大きい。

月髑髏の捨之介は、名前を捨てない捨之介なんですよ。
月だけ見ていらっしゃる方に説明させていただくと、もともと捨之介というのは、最後に己の名前を捨てて、新しい自分にふさわしい名前を探す旅に出る、と宣言して去っていくんですね。ところが月はそのくだりがなくて、最後まで捨之介は「捨之介」のまま退場していく。それは捨之介が、「捨之介」である自分を否定しない。肯定して生きていく、と決めたからにほかならないと思っています。

特に宮野捨は、最終的な己への肯定が強いと思っていて。肯定といっても全肯定にはどうしたってならないんだけれども……自分を信じるというより、信じたのは霧丸かな。これは中島かずき文脈に則って言うと「俺が信じるお前を信じろ」かもしれない。捨之介を否定するということは、捨之介が救った霧丸を否定したことになるから。だから霧丸を否定しないためにも、そして天と蘭という存在を忘れないためにも、捨之介は捨之介として生きていくんだよなぁ。
 
そう思うと…なんかあの…お前…
お前めっちゃ不器用だな!!!!!!!!!!!大丈夫かそんなんで!!!!
でも人間だから、不器用だよな。不器用だろうとなんだろうと、みんなのために頑張って、自分ボロボロになって、最後は生きるために頑張った捨之介が私は本当に愛しいんですよ。宮野捨は我武者羅で血のたぎり熱い捨だったので、なおさら愛しくなってしまった。
 
スーパーヒーローなんかじゃない。
捨之介もまた、弱くてちっぽけな人間なんですよ。
それでも、いつでも太陽のように笑っていてくれた宮野捨がほんとうに好きだったな。太ももがまぶしかったしな(大事なんだよ!!!!!)
 
是非次は五右衛門ロックでシャルルのお友達枠として明るく楽しいヤベー奴をやってください。五右衛門に「めちゃくちゃなのしかいない」と言われてるとこ見たすぎでしょ。
 
 
■天魔王
 
上弦がわりと表情筋動かない(インスタで絶対同じ角度からの写真しかあげない)オンナだったのに対して、こっちの天魔王くんわりと男性ホルモンだし表情動きすぎてディズニー映画かよ君はヴィランズさんのとこの新しいお仲間かって感じなので、もう顔見てるだけでオモロかった……。六欲天ダンスだけで一度に摂取していい天魔王の表情全部網羅した気分になる。
設定資料集の表情一覧だけめちゃくちゃ潤っていく男・下弦天魔王。
 
いやー実は最後の方でこの人のことわからなくなってました。下弦は、蘭へのわからなさ強すぎてこの人に「わからん」と感じている隙があんまりなかったんだけど、実はひそかに「わからん…」と思っていた。私の月髑髏わからん案件三銃士だった(下弦蘭・上弦捨・下弦天 三人合わせてわからん三銃士)。
 
というのも、後期公演でわりと変わってきてたんですよね。最初見ていた天魔王と後期に見ていた天魔王では、だいぶ違っていた。上弦も下弦も、一番変わってきていたのは天魔王なんじゃないかな、と思う。端的に言うと、後半のほうがキマってたし後半のほうがカルシウム足りてなかった気がする……。
 
後半で投げキッスしはじめたのは普通に怖かった。天魔王ってやっぱ怖いよー!!!なに考えてんのかわかんないし!!何し始めるかわからないし!!!あの投げキッス、なんだったんだろうなーって考えてるけどよくわからないですね。
上弦天魔王のテーマ「愛」です。下弦天魔王のテーマ「大手企業でクーデター起こしてベンチャー企業始める」ですと思っていたんですけど、もしかして下弦天魔王のテーマも愛だったんですか…?株式会社DOKULOVE党……?
 
は〜信長何チンタラ甘ったるいことやってんねん蘭なんかにかまけて…俺が変わって天下統一してやる!!エッ!?なに!?蘭丸に生きよと伝えろ!?そういうのは俺に残業代を払ってから言え💢💢💢今日から俺が天魔だクソ💢💢💢
 
……が下弦天魔だと思ってるし、それは最後まで変わらなかったんですけど、彼も彼なりに信長を愛していたことは思っていて。上弦みたいなあからさまなお慕いではないと思うけど、それでも尊敬していたり感謝していたりはあったんだろうなって……ゆえに晩年ノッブが解釈違いすぎたという。やっぱり、近しい像としては鳥天だったのかなぁ。多分鳥の殿より下弦の殿のほうがさらに蘭丸にデレデレだっただろうしな……かわいそうに……。
 
うんまぁ最終的には、大企業なんだから評価制度はちゃんとしようねっていう。直属上司ベースでしか評価しないのは偏るからだめだよねって。
蘭丸!!!かわいいから100点!!!人のやつ!!まあ頑張ってんじゃん?40点ぐらいな。みたいな評価されてたら天魔のほうだって気が狂ってしまうよな。
髑髏城の七人月下弦の月パワハラは良くないということを教えてくれる。全国の上司のみなさん気をつけていきましょう。
 
信長とはそういうこと(どういうこと)だとして、月はどっちもなんですけど、天と捨の対立感強いんですよね。蘭兵衛はぶっちゃけ関係ないし、あいつはいつでも場外乱闘なんですよね。めちゃくちゃ目を惹く場外乱闘。それが無界屋蘭兵衛。
やっぱり髑髏城の七人は捨之介VS天魔王の物語なんですよ。特に下弦の天魔王は、捨之介という強烈な光を恐れているように見えた。あんまり軽視はしてないと思うな。あいつはヤバいとわかっているからこそ、気に留めないように振る舞っていた気がする。
 
これ私がいのうえひでのり(演出)の人でなしポイントだと勝手に思い込んでるんですけど。捨之介の退場が勾配を駆け上がっていくのに対して、天魔王の退場が下に落ちていくの、本当に悪趣味でコラコラ~ッて思うし、蘭は地べたにはいつくばってそのまま息絶えていくからなおのことクソーッ!!いのうえひでのりーーーっ!!!神か!!!??と暴れだしてしまう。ほんとすぐ暴れるな私は。
 
あれだけ「天」に「天魔王」に執着した天魔王ですけど、最後は捨之介に「天魔王として死ぬが良い」と天魔王を押し付けて死んでいってしまうんですよね。最後死んで行くときの彼は、天魔王ではなくて人の男なんですよ。その意味ってなんなんだろ…って考えていくと、天魔王によってもいろいろ種類はあると思っていて…下弦の彼においては「天魔王」という存在をこの世で生かすための、最後の呪いであったかのように感じたな。
 
そして己が執着した「天魔王」を押し付けようと思えたのは、そこに捨之介への信頼があったからだと思うんです。こいつなら、天魔王を背負って生きていくだろうという信頼。ナカヨピのダチではなかったけど、愛すべき宿敵とでも呼べる存在だったんじゃないかなぁ。下弦の捨天は。
実際、捨之介は天魔王を殺した「捨之介」のまま生きていくことを選ぶわけだし、ある意味思惑通りなわけで。月髑髏は天魔王勝利の髑髏城だと思うんですよね。
 
天が蘭の目を斬ったのは、もう二度と彼に「天」を仰がせないためのような気がした。お前には天は仰がせない、天は私のものだ、という威圧・報復に感じたな。だからこそ、捨之介には「天魔王」を押し付けてしまえるところに、天と捨の特別さを垣間見たような気がする。
 
個人的には月で一番振り幅大きかったのがこの天魔王だと思っていて、上弦も下弦もまったく違ったアプローチでおもしろかったです。どちらも役者さんとしての強みがわかりやすいところも良かった。早乙女天魔は体の芝居。鈴木天魔は声の芝居と表情の芝居。重きを置いている箇所がそれぞれ違っていたので、その要所こそが「天魔王としての恐ろしさ」につながっていてすごく面白かったです。
 
最後まで結局、私には鈴木さんがどういう役者さんだったのかはよくわからなかったんだけど、ここまで「どういう役者かわからない」と感じたまま最後に辿りついたのが、憑依型の役者さんと評されている所以なのかなと思いました。
 
私の最後の鈴木さんメモリー、敦盛2011踊ってたころだったので……
とんだ転生しちゃったねお蘭〜〜;;でも許すよっ☆って脳内の村井信長が叫んでたんですけど……
(上弦も蘭丸転生天魔王なんだよなぁ…)
 
なにはともあれ、あのステ数まったく調子を落とさず駆け抜けたのはさすがとしか言いようがない。本当にお疲れ様でした!
 
■蘭兵衛
 
ど、どう処理していいのかわかんねえーー……。
 
「ひろせ蘭わかるでしょ」って言われているのを見ながらも、それでもわかんない、わかんないんだもん!わかんないよーーっ!!!!!と枕を涙で濡らしてきた蘭兵衛さんのオタク、最後までひろせ蘭わからないまま下弦が終わってしまって、それが一番の悔いだったんですよね。
わかりたかったんだよな。他の方の解釈を拝見させていただいて「ほ〜…」と思っても、実際見ると私の中には落ちてこなくって、私は自分で納得しないことにはあんまり納得できないタイプの人間なんだなぁというのを痛感したり。わりと苦しかったです。
 
最後に見た下弦で、途中まで「あ!!今回わかったかもしんない!!!」ってなったんですよね。
で、無界襲撃で「ダメだわかんない!!!!!!!!!!」となってステアラを出た……。
わかんなかった…またしても…。お前を…理解できなかった……。
 
下弦蘭のなにがわからないか、についてはだいぶ前のエントリでもうつらつら書き綴ったので、もう書く必要はないと思っていて。ので、ここからは私が下弦蘭についてわかんなかったなりにうだうだ考えた帰結をかければと思っています。前提として、私は廣瀬さんのブログはまだ読めてないです。ちょっと読みかけてアッだめだこれ読んだらたぶん理解できなかった自分がきつくて寝込むなって思ったので、ゲキシネタイミングぐらいで読むと思います…。
 
えと、下弦蘭って優しい子としてつくられてると思うんですけど。
私はやっぱり、彼が「優しい」「いい子」だとはどうしても思えない。それはそもそも、蘭兵衛という人間の行動が「優しい」「いい子」であったら為せないはずのものだから。蘭兵衛の劇中での行動はいつだって「自分のため」であって、彼は他人のためになんて生きられない作中でもっともエゴイスティックな人物だと私は捉えているからです。ので下弦に限らず、優しいいい子の蘭兵衛というのは髑髏城という物語に出てくるからには存在しないと思っている。
 
ただ、下弦蘭が「優しく在ろうと」「いい子で在ろうと」していたことは事実なので、そう在ろうとした心根自体が優しいものであった、というのはわかるな。捨之介もそうだけど、自身の欲求を抑えて守ろうと戦おうとしていた子は偉い。なので、天魔に唆されるまではほんとに守ろうとしていたのだろうし、天魔を殺そうとしていたのだろうと思う。彼自体は、歴代蘭のなかでも比較的穏やかな子だったんだとは思いますよ。
 
ところが天魔に唆されて、彼は「自分が無理をしていたこと」に気づいてしまったんじゃないかな、と思った。そのむかし、信長様に元にいたときは心からいい子でいられたのが、「優しく在ろうと」しなければ優しいままではいられなかった自分に気づいて、絶望してしまったのかなと思った。どうやったって昔には戻れない、昔の自分にもなれないし、心から優しい人間にはなれない、と。もしそうであるとしたら、その絶望は心根の優しい人間にしか持ち得ないものだと思うし、彼はすごく心のやわらかい子だったんだろうなと思う。
 
途中、無界襲撃で刀身に自身を映して紅を引くのなくなったけど(そのあと復活してたらごめんなさい…)、私はあれなくなったの良いなーと思ったんですよね。自分が守ろうとしていた女たちの血で紅を引いて悦楽を得るというのは、あまりにも「いい子」像からかけ離れているように感じたので。後半の大暴れぶりは悦楽というよりも逃避に見えたので。
 
のでやっぱり、私のなかで下弦蘭のテーマは「抑圧と開放」だな。
他者や環境、時勢ではなく自身に絶望して歪んでしまう人間が、絶望ゆえに箍を外してしまうとどうなってしまうのか、というのが下弦蘭である……という風に受け取りました。
 
……ってこんなこと書いてもさ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
多分役者さんご本人のブログ見たらぜんっぜん違う答えがのってるわけでしょ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!?
笑ってくれよ唸りながらぜんぜん違う答えをこうだと思うんですけど…とのたまっている私のことを!!!!!!!!!!
 
あのブログ更新で「蘭の答え合わせされる」って経験がなかったらんべオタクは「よりによって理解できなかった下弦蘭で答え合わせ……わたし…期日までに宿題提出できなかった子じゃん…」と謎の凹み方をしていたんですが、そのあと上弦蘭のラジオつけたら髑髏城の質問に「刀落としても気にしない」「はあ〜落ちちゃった…お前ら見てねえよな?って感じでやります」「はい次」とベルトコンベアみたいな流し方してて、足して二で割ってくれよって思いました。
 
上下で天の振り幅がすごかったと書きましたが蘭もなかなか振り幅があっておもしろかったです。上弦蘭は人選ぶだろうなって感じるタイプの暴投ぶりで(でもお芝居自体は丁寧だったんですよ本当ですよ…)、下弦蘭はおそらく初見の方ほどよくわかる感じの、スタンダート蘭兵衛さん。上弦蘭が刀をバーンッと床に投げつけるのに対して、下弦蘭は刀をポーンッと上に放るのオモシロカッタ……ポイポイものを投げるんじゃないよお前たち…。
 
わかんないわかんないと言ったけど、下弦蘭がいやだったとかではなく、一幕とかは…もうね…微笑むたびにしんどくて…や…やめろ…そんな顔で笑うなマジで守りたくなってしまう……と震えたりしましたね。あんな風に笑われて、二幕であいつがあんなことになるなんて誰が思うよ……ああやってふわふわ笑って殿にン〜♡蘭丸♡かわいいでなぁおぬしは♡といいこいいこされて育ってきたのが下弦蘭。もう頼むからそこにいてほしかった……じっとしていてほしかった……。
 
黄泉の笛でふわっと跳躍するところがめちゃくちゃ好きだったな。笑った顔を見るたびに「二幕の所業を許してしまいそうになるからやめて」と胸を痛めたこともあった。「マジでわからない…今日も…今日もわからなかった…」と豊洲の夜道をトボトボ歩いたのも、だいたいこの蘭のせい。
 
ある意味情緒をめちゃくちゃにされましたが、ゲキシネで「理解」を得たうえで答え合わせできる日が来るといいな、と思っています。不出来な私宛に答えを教えてくださったみなさんには、本当に…おばかですみませんでした…という気持ち。お…おばかですみません……これから私は「月髑髏留年生です」という札を首から下げて生きていきます……。
 
■霧丸
 
沙霧⇒霧丸の変化に思う所ありすぎた私に「あ、なるほど。これなら霧丸でもいいな」とまず最初に思わせてくれたのが松岡霧丸でした。
ていうか顔が可愛すぎて「もうほぼ沙霧」と脳が判定していた
 
私は沙霧において好きだったところは、大人の理屈や武士の思惑だらけの髑髏城という物語のなかで、子どもじみた「生きていてほしい」「死んでほしくない」を通して捨之介を救い出すっていうところなんですが、その点の継承度合いにおいては松岡霧丸とても強かった……。めちゃくちゃひたむきで、めちゃくちゃ光だった……。
 
上弦の感想で「福士捨には平間霧丸じゃないとだめだった」と書いたのですが、下弦もそう。宮野捨には松岡霧丸じゃなかったらだめだった。宮野捨はぶっちゃけ福士捨より面倒くさいんですよ。己の抱えてるものとか、闇に対して「まあ取り立てて騒ぐことじゃないよ」って他の人を優先しちゃう男。お前に生きていてほしいんだよって言われても、それを心からすぐには信頼できない男。だからこそ、感情に素直でドストレートな松岡霧丸の「生きろ」が刺さったんだと思う。
 
下弦霧丸が強いか弱いかで言うと、私はけっこう弱いというか、なんなら沙霧・霧丸のなかでいちばん弱い子だとは思うんですよね。能力としても天才型で、建築!でっかいたてもの!たのしいーー!ってやってるうちに赤針斎になってしまったイメージ。世間にも疎くて、外部からのダメージにもあんまり耐性なさそう。でも、だからこそゴチャゴチャ余計なことは考えず、ストレートに「生きろ」と言えたんじゃないかな。
 
捨之介が死にたくたって関係ないんですよ。霧丸は捨之介に生きててほしいから。だから「俺が生きててほしいから生きろよ」をそのまま伝えられる霧丸は、本当に捨之介にとっての光だったなと思う。捨之介。霧丸を救ったけど、それによって自身が救われるから。捨と霧の相互補完加減がほんとうにすきで…上弦も下弦も、とっても良かった……。
 
でも「絶対霧丸は捨之介を離さないでくれよ」って思ってしまうので、「えっじゃあ霧丸結婚したらどうするの」「宮野捨置き場に困らない?」「でかいし場所取るし反応多いし」「わたしが霧丸の嫁だとして絶対宮野捨置いてあるうちに入籍したくない」というめちゃくちゃどうでもいい悩みが今も頭から離れない。
 
いやだ…霧丸結婚しないでくれ……。
ずっとあのかわいい笑顔で舞台をぴょんぴょん跳ね回り続けててくれ……(おじいさん月髑髏もう終わりましたよ)
 
 
■兵庫
あっもうホント ホント良かったですよね。良かった。マジで良かった。
 
最初のキャスト発表時、ありとあらゆるキャストに大なり小なりの「大丈夫なのか…」を感じたものの、一発で「ここは問題ないな!」と確信できたのが木村さんの兵庫だったんですよね。新感線経験者だし、まず初回でとんでもないことやらされてたし……。
 
なので兵庫絶対行けるでしょ!!とステアラにむかって「木村兵庫、行けてた!!」と言いながら帰ってくることになった。
初回から最後まで常に安定しつづけていて、ずーーーーっと完成してた。兵庫がしっかりしていると、格段に作品の見やすさがあがるので、下弦兵庫の「見やすさ」への貢献ぶりときたら凄まじいものだったと思います。
 
兵庫って、解釈もなにもなく見たまんまを受け取ればいいキャラなので、すごく見てて落ち着く(笑
彼は髑髏城において「名もなき人々」の代表格だと思います。霧丸は、ちょっと微妙なんですよね。言っても彼は天才だし、名のある一族の長だし。兵庫は農民の生まれで、めちゃくちゃ強いってわけでもなくて、なにか特別なことができるわけでもなくって……。そういう兵庫が天魔王たちに一矢報いるっていうの、すごくアツいし、髑髏城という物語において気持ちが良い瞬間のひとつですよね。
 
木村さんの兵庫は、私としては花鳥風月ナンバーワン兵庫でした。ホンットーにかっこよかった…!
 
 
■極楽
 
いやーー初日はギョッとした。え、うそ。え、ほんと?ほんとに!?ってなった。
年齢が上がったはずなのに、花鳥風月通して誰よりも少女の極楽に見えたから。
 
明るくて溌剌としていて、キュートで少女めいた極楽太夫。でも、その内側ではずっと色々なものを抱えてきていたんだと思う。きっと雑賀であることをやめなくてはならなくなった日からずっと、辛い思い苦しい思いを抱え続けて、でも「私がしっかりしないとだめなんだ」と己を奮い立たせて生きてきたら、その感情の発露をできないままになってしまった人。
 
むかし、鳥のライブビューイングに初見の方を連れて行ったときに「最後に極楽や兵庫も己の仮面を捨てて、本当の自分で去っていったのがよかった」って言われて、目からウロコだったんですよね。兵庫も極楽も少なからず自分に仮面をかけていた。それを外せたから、晴れやかに立ち去ることができたんだなって。
 
下弦極楽はものすごく脆い人だったと思う。
己が脆いからこそ、強くあろうとひたすらに頑張っていて、そういう面で蘭兵衛さんをほっとけなかったのかもしれない。蘭兵衛もまた、自分の思いに蓋したまま生きていかなきゃいけない人だったから。蘭兵衛を見送ってしまったのも「私みたいにはならないでほしい」っていう想いがあったのかもなぁ。結果として行き着く先は……だったけど。
 
常にまわりを考えて、まわりの気を落とさないように明るく振る舞っているけど、時折見える「この人は大人の女の人なんだな」と感じる瞬間がすごく愛しかった。「ゆっくり寝なさい。朝までしっかりね」の柔らかいトーンとか、聞いてるとたまらなかった。だから兵庫の気持ちめちゃくちゃわかる。こんな人見てしまったら、俺が守りたい!と思っちゃうよなー思っちゃう。
 
どの髑髏においても基本的に「蘭兵衛コラコラコラ〜〜ッ!!!極楽に謝って!!!」と叫びたくなってしまうけど、下弦は特に「こんなにお前を思ってくれた太夫をーーーーーーーッ!!!!!!!!」と蘭兵衛の肩を揺さぶりたくなってしまう。でも、下弦の極楽に関しては二幕であれだけやらかした蘭兵衛のことすら、許してくれそうなところがるんですよね。えーん…許さなくていいのに…そんな男許さなくていいのに…それでも許してしまいそうなのが、下弦極楽なんだ。
 
本編が辛い分、最後のカテコできらびやかな極楽衣装をまとって微笑んでいる姿にとても救われました。
実は作中でめちゃくちゃ辛い思いをさせられてる筆頭のヒトなので、今度こそ幸せになってほしい。頼むぞ兵庫。守ってやってくれ。まあ今日からは極楽が銃を片手にみんなバンバンバンバンッ!!!!なんですけど。
 
■贋鉄斎
上弦の贋鉄斎はキュートでプリキュア妖精さんみたいなんですけど、下弦は普通に気持ち悪いしうるさいし害悪だしおっいつも通りの贋鉄斎だな!って感じで、下弦の贋鉄斎ルームに戻ってくると自宅のような安心感でしたね。やっぱり贋鉄斎は害悪じゃなくっちゃな!
 
いまこの感想を書くためになんか贋鉄斎のいいところ思い出さないとって思うんですけど、うるさかった怖かった害悪だったみたいな気持ちがホワンホワンホワン…と頭の上に浮かんでは消えていくので、書くことがない……これぞ幽玄……。
普通に良くて好きだったんですけど、害悪インパクト強くて……虚空にキスしてるのが怖くて怖い…って思っちゃって…下弦キス魔多くない!?下弦はKiss髑髏だよ!!
 
贋鉄斎と上弦捨は気の良いおじちゃんと子犬みたいだったんですけど、下弦は多分むかし漫才コンビを組んでいたことがある仲だと思います。一年ぐらいコンビを組んだんですけど、どちらも「俺がボケ」と主張した結果、方向性の違いによって解散したんですよね。
 
書くことないからってこんなことを書いてて何になるんだろう……
もうええわ!ありがとうございました〜(パチパチパチ…
 
■狸穴
正直最初みたとき「イケメンすぎるからっておとぼけメイクされた千葉狸穴」という存在が面白すぎてフフッとなってしまってすみませんでした。ワカドクロ履修者はわかると思うんですけど、あのぐらいしないと千葉狸穴かっこよすぎて「な〜にが狸じゃそんなにハードボイルドな狸がおるかい」とツッコミいれちゃうんですよね!?ので正解。
 
しかし、それでもなお狸と言われると相変わらず「たぬ…?」となってしまうイケメンぶりだった。
上弦のいっけいさん狸穴が狸感すごかったので、やっぱり下弦は「戦国武将イケメン擬人化ゲームのほうのイエヤッスだな」って気持ちで見てましたね。もう下弦のイケメン担当だからね。しょうがないね。イケおじ枠を一身に背負って出てきたからね。
 
あと上弦に出張してくださったのもお疲れ様でした。ワカの亡霊なので、千葉狸穴と太一天魔が相対する時空があったことに興奮を禁じ得なくて申し訳ない。興奮…興奮してしまいますよそんなん!!
 
贅沢いうなら、また七年後のさらに渋い千葉イエヤッスがめちゃくちゃ見たい……
 
 
そんなこんなで、上弦ほどは通えなかったのですが、通えなかったことが本当に残念だったなと思っているほど大好きな髑髏城でした。
月は変更点が多くて、そしてどの変更点も私にとっては受け入れづらいものが多くて、特に捨之介が天魔王を「殺さない」というところは本当に、本当に……「いやだな」と思ってしまった。
 
捨之介には天魔王を愛しているからこそ「殺して」ほしかったんですよね。
でも、月捨はそれを選ばなかった。ゆえに捨自身がすごく苦しむことになってしまって、ほらーー!だから言ったじゃん天魔王に感情移入しすぎるとしんどいって!!!!!ねーーっワカ捨くん!!!!!!???????って脳内のワカ捨に同意を求めたりしていたのですが、終わった今ではそういう甘さも人間らしさであったのかな、と思っています。
 
月髑髏は、みんな人間臭かったなぁー。
決して強いとは呼べない人たちばかりだし、過ちもある。苦しくって絶望してもう立ち上がれないという日もある。それでも生きていくし、生きていかなきゃならない。ある種、自分の意志を貫いて死んでいった天や蘭は、幸せだったとも呼べると思うんです。死んでしまうことは悲しいことだけど、時には生きていくことより苦しくないってときもある。生きていくことって、踏ん張ることを要求されるので、頑張っていかなくっちゃないんですよね。
 
上弦は青春の過ち髑髏だったけど、下弦は青春の過ち髑髏、というのとはちょっと違って……。「生きていくことは辛い。辛いけど生きていくしかないんだよ」っていう残酷を踏まえたうえで、それでも生きて拝む朝日はこのうえもなく美しいんだよっていう人間讃歌だったと思っています。もう死んでしまった人も含めて、みんなそこで一生懸命生きていたから。悪いことしたやつもみんなのために頑張ったやつも、そうやって生きていたという事実自体は変わらない。その重みだけは等価なんです。
 
だから、気持ちとして見終わったあと比較的爽やかだったな。闇が光に転じる瞬間がはっきりとしていて、強烈だったので、いつもうわーーって凹んでうわーーって救われてうわーーってステアラを出て、うわー…うわ…ウワーーッ!!と豊洲の夜道を駆け出してしまっていた。ほんとに不思議なもんで髑髏城見たあとの豊洲(12月〜2月)全然寒くなかったんだよね…完全に興奮しきっていた……。
 
でもやっぱり、こういう気持ちになったのは、最終的には宮野捨・松岡霧のカラーによるもののように思っています。やっぱり私としては下弦はこの二人がものすごく良くて、ものすごく好きだったな。二人がお互いを助けて、助けられて、ボロボロになりながらも助け合っていく姿の眩さが、その他たくさんの苦しさ、辛さを押さえ込んで「生きてくっていいな!」っていう気持ちに運んでいってくれたので。
 
髑髏城としての辛さをきっちり抑えつつ、それでも「生きるよ!」っていうテーマに帰結してくれた下弦髑髏が、とても好きでした。あの長期間、ほんとうにほんとうにお疲れ様です。
ドクロスのみんなもゆっくり休んでね。
 
生きていくって良いよね。
ボロボロになっても、やっぱり生きていかなきゃならない。
つまりそれは、月髑髏でどれだけ財布をボロボロにされようと極髑髏には行かなきゃならないし楽しかったらチケ増やさないといけないっていうことなんですけど。
 
やばいあと数時間でもう極髑髏始まってる!!!!!!!!!!!!!
捨之介大好きだよでも天海極楽が最強イケメンで「花鳥風月極最強ダーリン♡」とのたまっても許してください!!!!!!!!!!!
 
財布を三途の川に捨之介!
残高を知らぬ顔の蘭兵衛!
貯金貯まらずの兵庫!!
 
揃ったな!行くぞ!!!髑髏城攻めだ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!
下弦本当にありがとうございました!!!!!!!!!!
 

【総括】髑髏城の七人月~上弦の月~大好きでしたの感想

 

おわって……しまった…………
 
花鳥風月を駆け抜けきったせいだとは思うのですが、かつてない喪失感に襲われててヤバい……今でも半分「週末豊洲で月見るか~」って思ってるので、やってないんですよもうってことを認識するたびにショック受けてしまう……。ローチケでもう戻りチケが買えないなんて……嘘じゃん……
 
記憶を遡ると、月髑髏との思い出は8月末。
財布を炎上させた鳥髑髏上演のさなか、なかなか発表されないキャストにやきもきしつつも、正直もうあとは財布大炎上はないだろうと。風も月も数回ずつ行ければいいだろうと思い込んでいました。だってもう鳥に推し出たし……鳥の推しめちゃくちゃサイコーだったから味わいつくした気分だったし……。完全に気を抜いて「ハ~三浦春馬捨がきたら財布を捨之介かもしれんなァ~~~!!」などと余裕をぶっこいていたんですよ。ぶっこぎすぎだわアホか。
周知の事実だと思いますが、推しとは早乙女太一その人を指します。もうこの先の展開が読めるな!
 
というわけで、ある朝起きたらめちゃくちゃ名前呼ばれていた。もう全て察した。
あーーーーーー…… 
ああ…………
推し……豊洲荒野に呼び戻されてしまったか……ええどうすんの蘭兵衛二連続てア!!??天魔王!!!!!!!!!??????
 
二回蘭兵衛をやった推しの天魔王が来る。その時のおたくの気持ちわかりますか?
さすがに輪廻転生に失敗しすぎだろあと三回捨之介やったとしてもその業浄化しきれないよって思いましたね。私は。浄化どころか悪化だよオロロロ。
 
他の要素も強すぎてね。
ダブルキャスト!?え!?宮野真守!?ガンダムぶりだね!福士そ~た!?フォーゼぶりだね!ヤバい…あとキャスト全然わかんないぞ(不勉強ですみませんでした)…鈴木さんはわかる、確か君だけはおらんの人だったよね……(知識が古い)みたいな……。
ホントにこれ新感線か?髑髏城か?わたし実はいま熱を出していて、そのさなかで観ている夢なんじゃないか?と自分で自分を疑っていたので、極楽と狸穴のキャスト見てあっやっぱこれ現実の告知だ…ってちょっとだけ冷静になった。
 
それで、沙霧⇒霧丸の変更告知ね。正直これが一番ショックでね。
沙霧がめちゃくちゃ好きで、捨之介と沙霧が男と女でありながら絆を築くさまが大好きだったので、そこを変更されてしまうというのは本当に…正直ショックでね…なんで蘭兵衛さんチャンネーに戻してくれなかったんですか!?も相まって(男蘭本命勢ではあるけど一回ぐらいはチャンネーのほうの蘭見たかった…)すごいふてくされてたんですよね。
 
しかもその日、月告知の当日。鳥のソワレ入れてたんですよ。
日中は頭がめちゃくちゃ殴られたあとみたいにボワボワしてたし(ホワホワとかいうかわいいものではない)(なんならその日は飯が喉通らなかった)(神経過敏で一日体が興奮状態になってて、目が血走ってた)、このテンションで鳥見るの…?私今から…豊洲へ…?冬から天魔王になる推しが天魔王に夢見酒流し込まれてるとこ見るの……???ってふるえてたんですよ。
見終わったあと、もう鳥髑髏への感動はもちろん推しに対する「がんばれ…いや私がそんなこと言わなくたって推しはすごく頑張るだろうしやり遂げるだろう…でもがんばれ…」って気持ちで泣きながら拍手したことを覚えている。
そんなこともあった…あったね…。
 
月は全体的に不安要素が大きくて(初新感線勢があまりにも多い・基本的にその前のseasonが稽古期間になるが月の前の風は公演数50弱で他の髑髏より圧倒的に少なかった=稽古時間少なかった・おまけにダブルキャスト・そこに投入されるいのうえさん一月に近松の演出もやるよ告知エトセトラ……)そのなかでも「まぁ下弦は(私はよくは存じ上げない方が多いんだけど…)多分大丈夫でしょ!!!」と思ってたんですけど、上弦…上弦正直推しも含めて不安要素しかないわな!!!もう舞台の幕上がったら御の字かもしれん!!ぐらいの気持ちで初日行ったの覚えていて。
初日も今だから言えるんですけどぶっちゃけ……だいぶヤバかったと思う……。まぁ髑髏の初日付近、わりとどれもハラハラしたんですけど…(風も普通にハラハラだったし、新感線常連役者チャンピオン祭りの鳥ですら不穏だった)覚悟してたよりは形になってた…まあよかった…みたいな感じだったんですけど、そのあと下弦見たらひっくり返ってしまった。
 
めっちゃ完成してる~~!!!
 
ひっくり返るわ!!びっくりした教科書みたいな髑髏城やってて!!
そのころ上弦天魔王はやれ二人目三人目としょっちゅう人格変えてるし、とんでもない荒野に来てしまったと思った。
ネガティブな思い出つらつら語っちゃってるけど、上弦の月大好きオタクの話だから安心して読んでて(?)大丈夫ですよ!!!!
 
最後まで、上弦が完成度高かったかと言われると肯定はできないんですよね。
花鳥風月ほんとにレベル高くて、ここまで安定した役者のきっちりしたお芝居が多かったので、それらに比べると月髑髏というか上弦に綻びが多かったのは事実だった。上弦オタクの私だけど、そう思っています。
 
でも私が髑髏城の七人という演目に求めてるのって「よくできていること」ではないんですよね。
あのね、わたしはね、よくできていることを求めるのなら髑髏城以外の演目に執着するよ!!笑 いのうえ歌舞伎でくくっても、髑髏城以外に選択肢あるもん!よくできていること、を基準にするなら本当に、他にあるんだよね!!??
それでも髑髏城の七人に特別な執着を覚えてしまうのは、私が髑髏城の七人という物語を、内包するいびつさも含めたうえで大好きでいるからなんですよ。荒唐無稽でもいいし、あらが見えていたって、完璧じゃなくたっていい。とんでもないエネルギーに胸を刺し貫かれる瞬間があれば、それでよかったんだ。
 
だから私は、上弦髑髏のことがものすごく好きでした。
こんなに好きになるなんて思ってなかったなぁ。推しは出てるけど、合わなかったら回数は落とそうと思ってた。のが、結局鳥と同じぐらいの回数は行ってしまった。上弦という物語と、上弦の世界に生きている彼らのことがすごく愛しかった。多く見た分の愛着があるといえば、それも否定できないのだけど……こんなに全員抱きしめたいと思ってしまった髑髏城は初めてだった。
 
若いキャストも多くて、がむしゃらにもがくようなイメージが強かったのが好みだったのかもしれない。顔が綺麗すぎて若すぎて、序盤物足りないなあと思っていたのが嘘のように、後半は熱量のぶつけあいになってて泥くさくって、捨之介はシュッとした大型犬から制御つかない子犬になるし、頭のわるい感想だけどエモーショナルだったな。ほんと。エモ髑髏だったよ上弦。
 
鳥のときもなかなかロスだった記憶があるけど、上弦はほんと終了後の喪失感がすごかった。もっと見ていたかったな、と今でも思う。あともう少しやっていたら、きっとそこにはまた違う上弦の月があったと思うので。あのお芝居をもう一度見たい、ではないんですよね。あのカンパニーの作り上げる「髑髏城の七人月 上弦の月」という、また違うお芝居を今週も来週も豊洲へ観に出かけたかった。
 
完全無欠の、見やすくってわかりやすくってきれいなお月さまではなかったけど。
ゆえに、その凸凹さと時折飛んでくる鋭い一撃が強烈で、大好きになってしまった髑髏城でした。
ありがとう月髑髏。いくらオタクがロスでしんどがっているからといって、season会社とかseason死神にホイホイ転生するのはやめてください。
 
■捨之介
恐ろしい男だった……。
 
途中から「やばい研音にごめんなさいしないと」「福士捨取り上げられたら困る」「もうちょっとだけ見逃しててほしい」と焦ってたんだけど、後半になって完全に「遊び」を覚えてしまった姿、完全にモンスターだった。贋鉄斎ルーム「え!?遊ぶ!?遊んでくれるの!?わーい!」って庭を駆け回るワンコだったもんな。後半は研音早くこいつもっていって」「里に返して」「手遅れになる前に持って帰って!!!」って祈ったもん。
 
贋鉄斎ルームでのアドリブ……なんだったんだあれは…。いやその話どうでもいいかもしれないけど、先にしておかないと心の整理がつかない。最初は「!福士くんもこういうことするんだ…」とか「わ〜仲良しかわいい〜…」みたいなほのぼのテンションで見てたんだけど、だんだん福士くんに自我(?)が芽生えはじめて大暴れしはじめたから、なに?こういう形の奇跡の人?チ……チク…チクビ……乳首!!!!ってこと!!!???ってぐらい、あそこから福士捨、瞳にハイライトが入ってしまった……(最初から入ってたよ)。
 
千穐楽での贋鉄斎ルームでも暴れぶりは本当にすごくて、何回「いやもう帰れよ」「さすがに帰ってくれよ」「研音なんとかしてよォ!」「福士くんほんとしんぺーさんに一生足向けて寝られないからね!!!???」って思ったかわかんないし、思ったんだけど、思いながら私は「そうだよねえ…終わりたくないよねえ;;;;」って半泣きになってたのでもうダメだった。
 
手遅れになるギリギリ手前で研音にお返しできてよかったぁ……。
いやもう手遅れな気がするけど。
 
福士捨じゃなかったら許されないからな!!って思いながらも全部許してしまったのでソータフクシほんと恐ろしい男だったよ。千穐楽で感極まったんだろうけど最後の七人シルエット出しで動いた捨之介とかはじめて見たし、マジで!?って思ったけど、ソータフクシだからもういいよwwwって思いましたからね。この話したら髑髏城オタク友達に「福士くん髑髏城のことワンピースだと思ってない?」って言われたけど私もそう思う。今よりもっと強くなって、またグランドラインで会おうな。
 
福士捨。福士捨ね……。
まじめな話をしたいんですが。そのためには、あんまりマイナスなことを書きたくはないんだけど、書かないことにはこの三ヶ月との折り合いがつかなくって。なので、本音書きますね。
 
こんなに好きになれるとは思ってなかったよ!!!!!!!!!!!!!!!!!
 
申し訳ないけど初日は、なに言ってるのかあんまりわからないし舞台に…が、頑張って立っているな…という印象が強くて、捨之介をやるには若すぎるとも感じたし(それは彼のせいではないのだけど…)、とにかく見ててハラハラしてしまった。そのハラハラはだいぶ長いこと続いたし、まわりがだんだんと福士捨良いよ!と声をあげるのを見ていても、わたしはピンと来てなかったんですよね。悪いとはいわないけど、福士捨じゃなきゃいけない意味ってなんだろう?彼の何が、特別に良いと感じられるんだろう?
 
その考えがやや動きはじめたのが1月後半あたり。
ちょうど贋鉄斎とふざけはじめたあたりかな。イマイチなように思えていた二幕が良くなってきて、後半の踏ん張りぶりが好ましく感じられるようになってきた。なるほどな。これまでの捨之介と比べると、行動の説得力自体はどうしても薄れてしまうけど、天魔王を止めたいと願いながらも追い詰め殺めてしまう捨之介と考えると、福士捨の意味合いが見えるな。って感じるようになった。
 
それで、終わるころにはもう、完全に好きになっていましたね。
前楽がねーーとんだ事故回だったんですけど、でも事故部分を除くと私の一番好きな福士捨だったんです。懸命で必死で、でもちょっと天然で、とぼけてて、ああこの捨之介は自分のことを「理解していない」んだなと感じた。
 
多くの捨之介は、自分の痛みや傷から目をそらして「痛くない」「傷なんてない」と言い張るやつらだと思うのだけど、福士捨は本当に自分の傷が見えていないんですよね。痛くないよ!傷なんてないよ!って本気で思ってる。だから他人の傷にも気づかない。天魔のことも蘭のことも理解できないで終わってしまう。
 
だからこそ、最後の最後で追い詰められて、地獄を見て、はじめて天と蘭の見ていた世界を理解する姿が良かったなぁ。
顔を歪めてぐちゃぐちゃになりながら戦う姿が、今はじめて地獄に落ちた、純粋で汚れのない男の姿だった。福士捨は穢れがなさすぎて、純粋すぎて、心の汚い私はね……ちょっと苦手だとさえ感じたんだけれども、後期は純粋すぎるがゆえ手酷い目にあってしまうんだなと納得いったので、その純粋さごと好きになってしまったんです。
 
あと、誤解を恐れずいうと、顔が…良かった……。
別に私としては、顔が良いってあんまり加点要素じゃないんですよね。テレビはともかく舞台で顔が良いって、いやまぁ確かに良いと「良いなあ」とは思うけど、それ自体と芝居への評価ってあんまり関係ないしな〜みたいな(風蘭出てきた瞬間顔が小さくて綺麗だったのでもうなんでもよくなっちゃったことはノーカン)……。
 
でも福士捨は、顔が良いのがすごい効いた瞬間があった。笑顔の説得力がすごいの。ひとつ笑うだけで、こいつは〜〜この笑顔だけで世界に甘やかされて生きてきたな〜〜!?って思っちゃう。そりゃこんな笑顔で生きてきたら甘っちょろい理想を信じてしまうし、手を伸ばせば人を救えると思い込んじゃうわ!!!だってこの笑顔お出しされて優しく見守らないの無理じゃん!!???
でも二幕のかつらは、毛量多すぎなかった?????せっかくの顔が見えないシーンわりと多くてちょっと笑っちゃったよ。
 
なので、なので。
わたしの最終的な「上弦が好き」という気持ちは、捨之介が福士くんであることによって完成した「好き」だと思います。やっぱり髑髏城の七人は捨之介の物語なので、福士くんの捨じゃないとできないことがあってはじめて、新しい髑髏城として根を下ろせるんじゃないかと……捨之介研究会万年平部員の私は思う。
 
従来の捨之介と考えるとやっぱり外れてきちゃうんだけど、捨之介が若くで仲間たちと離別していた世界の髑髏城、と考えると、十分にありえたしこういう捨之介もいたと思う。私は捨之介のことをかっこいい!よりも愛しい…の目で見てしまうタイプのオタクなので、その……わりと……刺さりましたね……福士捨……。本当に最後の最後で刺さったので、もっと見たかった…もっと福士捨を「ああ…好きだ…」という強い気持ちで見ていたかった…。上弦を見ていたかった、という気持ちの大多数は「福士捨をもう少し見たかった」だなぁ。
 
発表時に抱いた不安はすべて拭われたわけではなく、むしろ公演途中にいきなり暴れはじめて混乱したりもしたけど、上弦髑髏の捨之介が福士くんで良かったなあ。と、心から思えたことがほんとに嬉しいよ。捨之介を見ていて泣いてしまったのも、私にとっては久しぶりのことだった。福士捨良かったよ、というか、なんだろうな、好きだな。愛しかったな。
 
でもほんとにあのアドリブ、しんぺーさん以外はあんまり受け止めてくれないと思うのであんまりホイホイ覚醒はしないでくれよな!!!!!ほんと!!!人生であんなに福士ボイスで「乳首」って聞くこともうないし、なくていいから!!!
 
■天魔王
 
推しに盲目すぎるのってどうなのとか思うんですけど、でも推しは最高だしオタクが推しに対して盲目にならないでどうすんの!?私が盲目に為らなくて誰が盲目になるの!?という思いがあるので、目を抉りながらいまこの文章を打っている。目を抉らなければ「盲目になるのはちょっと」と語る自分から逃げられない…目を抉れば推しが見えない…(実写映画版 BLEACH よろしくお願いします!)
 
抉った目を嵌め直すんですけど。
はじまる前はずーっと胃が痛くて。だって、わたしは太一さんのオタクだけど髑髏城のオタクでもあるわけで、鳥髑髏にもそれなりに通ってたんですよ。だからわかるんですよね。太一さんが天魔王をやるってそれ、どうしたって未來天魔って比較されることだってぐらい。
その気がなくたって、捨天別の天魔を見る時、未來さんが脳裏をよぎらない髑髏党員はそうそういないんではないかと思う。捨や蘭とちがって、天魔王という人間は捨之介から切り離されることによってひとりのキャラとして生まれ直した、いわば森山未來初演の人物」と呼んでも差し支えがない存在だと思うんですよ。だから、あれと比べられてしまうのかなと、何より、私のなかでもあれと比べてしまうんだろうなと思うと胃が痛かった。
 
まわりのメンツがあまり、私は存じ上げない方々だったこととか、客演では数人しかいない新感線経験勢でもう半分劇団員扱いだとか、環境面での不安も大きくて、だって私は推しを信頼してるけど推しだってまだ26歳で初役の天魔王なんですよ!?みんな忘れてるかもしれないけど、上弦天魔王は歴代最年少天魔王だからね!!!!???※すっかり捕捉を失念してたけど、一人一役天魔で〜という意味で…
 
だからね……初日はね辛かったよ。
あの初日の天魔王がなんだったのか、私には未だに検討がつかない(後半のそれと比べてもあまりにかけ離れていたので)けど、舞台の上には未來さんがいたんですよね。あの日、あそこには推しの顔と体を持った未來さんがいた。完全に未來さんだったわけではないけど、でも、あちこちで強烈な未來さんを感じる瞬間があって、そのたびに胃がきゅっと縮こまった。もちろんこのまま行くわけはないと思ったし、あそこで、あの初日が強烈な未來さんだったことも何らかの意図があったのかもしれないけど、それでもあの瞬間だけはやっぱり辛かった。
 
だから次にみたとき、ぜんぜん違う人になってるの見て脱力してしまいましたね。出たよ出た!はい!いつものやつ!!はいはいはいはいはい!!いやいつものやつって言ってもさすがにそれは嘘!!ここまでのは初めてだったよ!!あの瞬間私は早乙女太一というジェットコースターに拘束されて、じゃあ行ってみようかこの世の地獄極楽豊洲巡り…と送り出されてしまったんですよね。もうここまで(?)きたら、どこまで行くのか絶対見届けてやるという気持ちになりました。
 
そしたらも〜変わるわ変わるわ。3人目だの4人目だの、最終的に7人ぐらいになって全員並んでシルエットドーン!とかすんのかな?とか思ってた。最後のほうわからないけど、多分シルエットドーンやれるぐらいいましたよね。上弦天魔王。
 
私には推しの考えや人間性はわからないし、それをわかったように言うようなこともしたくはないので、あれだけコロコロ変わっていた理由は本人が言わない限りはわからないですけど。いろいろなパターンが提示されるなかで、何をやりたいのかな、この人は何を表現したいのかな、と考えていくのは楽しかった。お芝居の楽しみ方としてちょっとズレてることはわかってるんですけどね。
 
最終的に天魔王のことを理解できたのかというと、あんまり自信はないんですけど。
やっぱり、彼はただ寂しくて、ただ殿を愛していただけなんだと思うなぁ。他の天魔に比べて元が残虐だったイメージも、あんまりないな(勿論それなりに残虐性は持ってるんだけど)。ただ愛していて、ただ寂しいだけで人は狂えるんだ、というのを見せられた気がする。本来そのテーマって髑髏城のなかでは蘭兵衛が持っていたものなんですけど、今回は蘭兵衛も「愛に狂う」というよりは「過去に縋ってしまう」のほうが近しい気がしたので、より天魔王がそうであるように見えたな。
 
「偽物だって人の命を救える」と諭されて「いうな」と叫ぶときの天魔王がとても好きなんですよ。
わかってたんだもん。自分が偽物だって。あのひとになり変われることなんてないって。それでも、そうしないといけなかった。自分が偽物であろうとなんだろうと、愛した人の姿に寄り添っていなければ、愛した人はこの世から本当になくなってしまう。だから「違う」でも「何がわかる」でもなくて、あの時の言葉は「いうな」なんだろうな、と感じる。捨之介は自分のほんとうの姿を知っている男だから、捨之介が「天魔王自身が天に届かないと理解していること」を理解しているの、天魔はわかってしまっている。
 
上弦の天魔王にとって捨之介とは、眩くて直視できない光だったのだと思います。
上弦の捨之介と蘭兵衛って、めちゃくちゃ天然なんですよね。他のシーズンの捨蘭とくらべてもすごく天然で、自分のあるがまま気ままに生きてるタイプのひとたち。そして、そういう飾らないところを信長に愛されてきたのではないか、と思う。そう考えていくと、上弦の天魔という自分を必要以上に飾り立てる存在がとても苦しい。捨蘭のようには生きられないし、ゆえに殿には愛されなかったのではないかなと。そして、本人もそれをわかっていたんじゃないかなと。
 
だからね、殺すしかなかったんだと思うよ。
あなたを殺してわたしも死ぬーー!!!!うわーーん!!だったんだと思うよ。豊洲サスペンス劇場だったんだよ。本能寺という名のいつもの崖で、本妻持ち男に包丁持って迫ったんだよ。
そしたら本妻持ち男(殿だよ)は「生きろ」って言うわけ。「蘭丸に生きろって伝えろ」って。間接的にそれ、天魔にも死ぬなって言ったってことだからね!!!??「死ぬな」とは言われないのに死ぬことを許されなくなってしまった天魔王、従うしかないんだよ!!!だって愛してるんだもん!!!!
 
天魔王は悪いやつなので、許されないことをいっぱいしているので、だから彼は死ぬべき人物で、成敗されるべき悪役なんですよね。でもどうしても愛しいし、ふかふかのものでくるみたいし、粉ミルク飲ませたあとにげっぷさせてあげたい。上弦贋鉄斎に預けたらちゃんと面倒見てくれそうだけどどうだろうか?贋鉄斎ルームに捨之介と放り込んだら、いっしょにおかあさんといっしょを見るところから情操教育ができるかもしれない……。
 
最初は、宮野捨相手でも見てみたかったなーとかぼんやり思ってたんですけど、この天魔絶対宮野捨には出せないよね。この天魔だったら、宮野捨、霧丸を振り切ってでも追いかけて一緒に死んじゃったよね。天魔王と一緒に飛び降りて「天魔王……お前はどこに落ちたい……?」みたいになってたからね。よかったねサイボーグ009城の七人にならなくて。
 
上弦天魔王はね、奇妙で愛しいやつで、太一さんにしか作り上げられなかったものだと思います。
太一さんの動きってものすごく予想がつかなくって、野生動物のビデオ見てるみたいな気持ちになるんですよね。普通こう動くだろ!って思ってる動線・リズムを無視した動きするから、何回も見ている芝居でも「えっ!?」「あ!?」と戦いてしまう。よく殺陣が取りざたされるんですけど、私はむしろなんでもないようなシーンにこそ太一さんの凄まじさが出ると思っている。
 
たとえば盃を受け取るために指先を動かす瞬間であるとか、ただ短い距離を歩くために足を運ぶ瞬間であるとか、そういう何気ない仕草ひとつひとつが歪で、こわいんですよ。ただそこにいるだけのほうが天魔王は怖かったかもしれない、というぐらい。冒頭の六欲天ダンスもそうなんだけど、本当に自分の身体の見せ方がうまいひとだと、改めて感じました。天魔王は鎧着てるシーンも多かったのだけど、面を見せずに動いているシーンでも太一さんだということが一発でわかる。鎧を着込んで立っているだけで、そのなかに早乙女太一の存在を感じることができる。これはそうそうできることではないと思うし、私が太一さんにおいてもっとも凄いと感じる部分なんですよね。
 
太一さんを好きになってから、ちいさなことだろうと裏切られたようなことはないけど、やっぱり信じれば信じたぶんを返してくれる役者さんだと思ったし、これからも追いつける限りは見ていたいなと思った。早乙女太一の生まれてきたこの世界に生まれてきてよかった……大地に…神に感謝……
 
そんな感じです。なんもまとまってないな。とにかく推しを信じれば救われるという話でした。ご清聴ありがとうございました。
 
 
■蘭兵衛
 
初日見たとき「鉄パイプで窓ガラス割ってまわってたから後ろから頭をかち割られてクソーーッ!!って言いながら絶命した蘭だった」という感想を述べていたのですが、最後の最後まで人の情緒をぶち破って叩き割って回っていった蘭だった。
 
あのほんともうしわけないけど、見る前は「三浦翔平……?少女漫画原作常連のひとでは…?髑髏…?なぜ……舞台実質初めて状態?だ、大丈夫なのか……?」と不安を抱いていたのですが、最近ではみう蘭をキメたことによって日常にハリが出て生活がイキイキするようになりました。これもみう蘭のおかげです。本当にありがとうございました!
 
単純にオラオラの蘭が好きだったのは、普通にありますよね。めっちゃあります。
上弦書き下ろしの、蘭登場セリフ大好きなんですけど「無界の里には境はねえ この世とあの世の境もな」って上弦だけ無界が死ぬほど物騒になってるの何回思い出しても笑っちゃう。なんで上弦だけ……そんなスラムに……
 
これこそ「良いか悪いかではなく好きだった」の極地で、とにかく「私の好きな蘭兵衛」だった……。
下弦蘭が初見のかたにすごく優しくわかりやすい、スタンダート寄り?蘭兵衛だったのに対して、こっちは蘭兵衛オタクもけっこう驚くような変化球で来たんですよね。下手したら蘭兵衛として成立しないんじゃないの!?ってレベル。それでも成立して、私を含め周囲の蘭兵衛オタクの心をひたすらぶち抜きまくっていったのは、ひとえに三浦さんの調整力によるものだと思う。
 
なんていうか…めちゃくちゃ…頭が良いなと思ったんですよね。
太一さんから演技そのものではなく、所作だけ取り入れていくところとか、回を重ねるごとに派手ではないけどこまやかな変化を入れて、情報を整理していたところとか。わたしはいのうえさんの演出のことを「足し引きがうまい演出」だと思っているんですけど(や、演出ってどれも足し引きがうまくないと成り立たないんですけど、いのうえさんは特に)、三浦さんもまた、足し引きがうまい人だと感じた。
 
上弦、捨と天がお芝居のプランとしてやりたい放題というか、その場で動く場面も多いひとたちだったので……三浦さんは他人のプランに合わせて蘭を動かしているような印象がありました。もちろん、ご自身のプランもあったとは思うけど。
あれだけ蘭兵衛としてはバランスの悪い方向に振っておいて「バランスが悪い」とはあまり感じさせなかった。ちいさな所作の足し引き、セリフの節回しの変化がおもしろかったです。
 
ただね、楽付近のあれはなんだったの!!!????wwwwwwwwwww
最後の最後でいきなりプランを変えてきたみう蘭に脳を殴られて、楽の休憩時間一発目で「ていうか!みうらん!今日やばくないですか!!!???」って言っちゃいましたよね。これ絶対二幕で殺されるやつだって思ってきれいに二幕で死んだ。
千穐楽に気持ちの良い死をありがとーーっ!!!みうらーーん!!
 
いやね、おそらくなんですけど、最後のほうで捨天がどんどんエモに振り始めたので蘭も合わせたんじゃないかなというのが、私の感じたことなんですけど……多分中盤蘭のままでいったら一人だけシラフで宴会にきちゃった人みたいになるから……。でも真相は三浦さんのみぞ知るなのだ…いつか教えてほしいよぉ…あれはなんだったんだよとは思わないけど、なんであのタイミングでェ〜〜!とは思うよォ〜〜。
 
楽付近で急にね、無界の女たちを斬るとき苦しみをあらわすようになってね。鳥蘭のオタクだから心臓を抑えて呻いたんだけど、じゃあ彼が鳥蘭だったかというとそれは違う話なんですよね。
 
以下、本当にわたしの妄想でしかないのだけど。
鳥蘭は、自分のなかに「無界を愛する蘭兵衛」と「破壊を愛する蘭丸」がいて、その両者どちらも思いが強くって葛藤している。でも、その「葛藤」こそが彼の望んだことなんですよ。彼はその激しい葛藤を経てなお、「破壊を愛する蘭丸」を選び取る必要性がある。無界を愛すれば愛するほど、それを投げ捨てられるほどの愛を己のなかに取り戻せる。「選ぶ」ためにその選択肢どちらも選び難い、重たいものまで育てあげる。そういう儀式めいたものなんだと思います。
 
みう蘭は、選ばなくていいなら選びたくなかったんじゃないかな、と思う。彼は殿のことを愛していたかというと、ちょっと違うような気もしていて…愛してはいるんだけど、それは鳥蘭のような激しい愛ではなかった気がする。彼は殿と、殿が与えてくれた過去、昔というもっと大きな範囲のものに囚われていて、そこへ「帰りたい」という気持ちが捨てきれなかった。
でも、助けてくれた無界に、太夫に恩義を感じていた時間も確かで重たいものだった。蘭丸に戻って、もう無界への執着は不要なものなのに捨てられない。どうしても捨てられなくって、戸惑っていたんじゃないかな。「どうして苦しいと思ってしまうんだろう」という気持ちを振り払うために、女を斬り続けた気がする。
 
後期の「ああ楽しい、どうしてこんなに楽しいことを俺は忘れていた」は、無界で生きようとしていた過去の自分を咎める言葉でもあり、いま「こんなに楽しい」のに「苦しい」自分への戸惑い、怒りへの表現だった、と私は思いました。
 
みうらんは言葉を選ばなければゴリラ。選ぶとチンピラだったんですけど、でも悲しかったし蘭兵衛さんとしての王道からは外れていなかったし、私はみうらん…めちゃくちゃ儚いなと感じましたね。あれだけ強かに見えた人も、背を押されれば落ちていってしまうんだな、という一抹の寂しさ、儚さ。みうらん、光量のめちゃくちゃ強い蛍。どれだけ強く光ってようが握りつぶせば蛍も死ぬんだ。
 
だから、強さの陰で見せる寂しさが好きだったな。たびたび数珠を握っては遠くに思いを馳せる姿とか……。わかりやすく愛想が良いわけではないけど、無界を愛したのも伝わるから、やっぱり見てて辛かったですよ。他の蘭に比べると辛さは少なめ(エンタメ性が強い)だと思うんだけど、それでも辛かった。無界を出てくときとか、もうやめて極楽にないしょでジャンプ買いにコンビニ行くのやめて…外出ないで…あっ数珠…数珠にぎらないで…それフラグだから…数珠を握るな!!!!って思いながら見てた。今日こそは天魔王に勝ってくれって思って見てた。
 
みうらんには割りと12月半ばぐらいで落ちてたんですけど、とはいえこんなに好きになるとは思ってなかった枠のぶっちぎりですよ……本当に良かった好きだった。またどこかで見る機会があればいいなーと思っていったら推しと一緒にオフィスパロにぶちこまれていたので焦りました。
 
いや だって 見たいなとは言ったけどそういう…そういうんじゃなくない!!!!????
ありがとーーっみうらん!!大好きだったしこれからも大好きだよーーっ!!!ゲキシネで綺麗な顔面をドアップで見せてね!!!!!!!!!!
 
 
■霧丸
個人的な上弦MVP、決めるとすればここですね……。
初日上弦感想観ていただければよく分かるかと思うんですが、わたしはほんとうに霧丸(特に上弦)に対しては否定的なところからスタートしたんですよね。実際のところ、霧丸は上弦のほうがハンデあったと思う。あの役どころで、自分より年下の捨之介相手に芝居やらなきゃいけないってどんなんだよ!?って思いません!?
私は最初「下弦と上弦なんで入れかえなかったんだよ」って思ってたよ……。
 
今となっては、絶対上弦にはこの平間霧丸が必要だったなぁ、って気持ちを噛み締めています。
三浦さんのところで「調整力が高い」なんて話をしていたんですけど、霧丸もめちゃくちゃに調整力が高かったと思います。自分の調整だけじゃなくって、常に場の空気を読みとって、適切な雰囲気へとコントロールするパワーがあった。霧丸がいなかったら途中でガラガラ調子崩しちゃったんじゃないかな、と感じる回もたくさんあった。
 
思えば、私が上弦で泣いてたのって大体霧丸のシーンなんだよなぁ。
平間さんのことはよく存じ上げず、拝見したのも初めてだったんですけど、なんか…なんだろう、リズム感がすごくいいひとだという印象を持っている……。「今ここで来てほしい」というタイミングでセリフが、動きが来るんですよね。だからつい、情動を後押しされて泣いてしまう。平間さんは最初から最後まで、すごくよかったな。後半いつも「今日は霧丸がよかった」って言ってた気がする。「あー!!この霧丸、もっと見たい!!!」って気持ちで増やしたチケットもある。
 
上弦は捨之介がふわふわで天然で、ふらふらしてるから、だからしっかりものの平間霧丸じゃないと支えられなかったと思う。平間霧丸は賢いんですよね。松岡霧丸とくらべてもお兄さんだし、松岡霧丸が生まれながらも天才型っぽいのに対して、こっちは知識を詰め込んでのし上がってきた秀才型という印象がある。ゆえに、人の汚い感情や痛みに関しても「理解」が早くて辛かった部分があったんじゃないかなぁ。理屈でわかるぶん絶望の形がこじれてしまって、もう生きていてもいいことなんてないって気持ちになってたような気がする。
 
そんな彼が救われて、「助けるため」に城へ向かうの、救済力が高すぎる。霧丸という存在は、作中唯一用意された「捨之介への肯定」だと思っています。月髑髏はほんっと〜に捨之介がね「お前は間違ってるよ」と言われつづけてラストに雪崩れ込むから、そういう時霧丸という存在がいてくれて、一緒に生きるぞ!って助けてくれるの…「必要だった」ことなんですよ。あれがなければ、例え命が助かったとしても捨之介は近いうちに死んでしまっていたんじゃないかと思うぐらい。
 
ちょっと夢見がち、天然な捨之介。冷静でわりあいリアリストな霧丸。
上弦のこの取り合わせは、味わいぶかくっておもしろかった。狙ってつくられた組み合わせなのかはわからないけど、捨之介と霧丸(沙霧)が対等な親友に見えるような髑髏城って、後にも先にもないんじゃないかなぁ。これは沙霧が男にならなかったらできなかったことだから、霧丸にした意味合いはちゃんとあったんだな、と思います。
 
平間さんは今回でほんとうに「すごいな!」って思ったので、ぜひ違う舞台でも拝見したいです。ほんとうに大変な役どころだったと思う……でも私のような厄介沙霧オタクも跳ね除けて、しっかりと役柄を全うした、とても素晴らしい役者さんだと思いました。ありがとう!
 
 
■兵庫
MVPもうひとり決めていいよって言われたら迷わずここにする。よかった…よかった!
 
あまりに若すぎるので、こっちもこっちでちょっとハンデあるというか、、大変だった部分もあっただろなと勝手ながら感じてしまうんですが、安定感がすごかった。平間霧丸と須賀兵庫がしっかりしてくれていたから、上弦ははちゃめちゃやっててもなんとか城の形を保っていたと思います。
 
もうねーーーーー光属性すぎて。
後期の上弦のオタクたち「孫がさ」って言ったらすぐ須賀くんと理解してたんですけど、孫としか言えないよね。「光の孫」と呼ばざるおえないよね……。おいしいお米とか野菜とかお肉とか贈りたい系兵庫。
 
死んじゃやだ!と泣きじゃくる兵庫を見て、こっちまで泣いてしまうような日が来るとは思わなかった。いや、あそこ大体いつも泣くんだけど、今回は特にぼろぼろ泣いてしまって、わたし髑髏城でこんなに泣くんだ…ってびっくりしましたね(髑髏城ではあんまり泣かないタイプ)。上弦の荒武者隊のこと、全員孫だとおもってたから……孫たち…幸せになってほしかった…。
 
とにかく、須賀兵庫は言うことやることひとつひとつが純でまっすぐで、だからあれだけ年の離れた極楽を好きだといわれても違和感がなかったんですよね。最後のプロポーズの、愛に溢れた様がさあ…その前の、蘭兵衛の死体に縋って泣いてる極楽に、なにもできないままの小さな背中を観ていると、もうたまらないわけですよ。かっこいいよ…お前かっこいいよ!って応援したくなる。聖子太夫を任せられる!と心から思えるちっちゃな兵庫でした。
 
なにげに、あれだけの公演回数で大きなミスがほぼなかったというの、凄いことだと思います。あれだけ跳ね回って、叫んでまわって、ミスあったにはあったけどほぼなくやり切って最後まで笑っていたの、なかなか成し遂げられることじゃないからな!?初日みたとき「喉壊すんじゃないの!?」って思った。ちょっと危うい時はあったんですけど……そんなことは全然大したことじゃねえ!
 
え〜〜んもうほんとにほんとに好きだった。良かった。2.5系とかにはあまり興味を持っていないオタクなんですけど「孫が出てる」といわれるとえっ…じゃあハイステ…見るか……ってなっちゃう。勝手に祖母になってすみませんなんですけど、あれだけ孫を摂取したら祖母にもなるわ。兵庫と霧丸のちっちゃいものクラブ(ってフォロワーさんが言ってたの見てから、もうそうにしか思えなくなった)に助けられていた舞台だった。お疲れ様でした。またぜひ新感線出てください……
 
 
■極楽
さんざん言ってるんですけど私は上弦の極楽が大好きなんですよね。もうこれを見れただけでも上弦、私にとって13000円の価値あるわってぐらい好き。大好きだった。
 
当たり前のこと言うんですけど。
やっぱり聖子さんは、お芝居がうまい。台詞の言い回し、声の使いかただけで心を揺さぶってくる。聖子さんは悪役やってても輝いているけど、今回の上弦極楽というポジションは私がものすごく見たかったものなんですよね。聖子さんの見せる優しいお芝居、情が厚いけれども決して押し付けがましくなくって、染み込んでくるような心地なんです。
 
好きだったのはやっぱり「どうしたって言うの蘭兵衛」「もう一度聞くよ、蘭兵衛さん」の声の使い分け。「血塗れの手でも洗えば落ちる!」と笑うときの声。極楽があっけらかんとした強そうな女性に見えて、その実内面はやわらかく、弱い部分もある女性であるんだなということが、言葉や表情、行動からしっかりと伝わってきたんです。
 
だから、あれだけ強そうに見えても最後死のうとしてしまうの、納得いったな。歳を重ねているからものごともわかってしまうし、生きてたってあんまりいいことないなってのを理解してしまっている。だからこそ、兵庫の言葉が刺さったんだと思います。
 
極楽は、「あんたと一緒に生きたい」と言われたかったし、言いたかったんだと思う。
それが言えない人間だったから、蘭兵衛を見送ってしまったし、その後悔を抱えることになってしまった。助けたし、蘭は助けてもらったと笑ってくれるけど「一緒に生きている」心地は最後までなかったんじゃないかな。蘭の心が遠くにあったことも、わかっていたんだと思うな。
 
あんたと一緒に生きたい。俺と生きてくれ。極楽の言えなかった言葉を口にした兵庫は、極楽にとって本当にいい男に見えたんだと思うよ。誰かには生きてくれと思うけど、自分が生きていきたいとは思えない。ある種、極楽太夫は捨之介ととても似た人物なんですよね。そんな彼女に須賀兵庫という明確な救済があって、本当に、本当に良かったなぁ。
 
これまでの髑髏城で、私にとってはもっとも好きな極楽太夫だったし、もっとも美しい極楽太夫でした。
 
■贋鉄斎
しんぺーさんホンッッッッッッッッッッッッッットおつかれさまでした!!!!!!!!!!!
 
序盤は、下弦に比べるとやっぱり暴れられないかな?寂しいな〜とか思ってたのが嘘のようだった。でも後半は暴れる贋鉄斎に捨之介が振り回される、じゃなくて暴れる捨之介を贋鉄斎が「すみません!!すみません今片付けますんで!!!」と舞台袖に押し込める事態だったので、こんなことになるなんて聞いてないよ!!と思った。しんぺーさんも聞いてなかったと思うよ。
 
上弦贋鉄斎ねー変な人なんだけど、愛嬌があってかわいいんですよね。他の贋鉄斎がかわいくないというわけではないんですよ。いや、かわいくなかったわ。あとの花鳥風月贋鉄斎、全員変態か害悪です。そんななか、上弦贋鉄斎はどこかほのぼのとしていて、プリキュア妖精さんみたいだった。
すてのすけ!いくガン!!変身だガン!!斬鎧パワーでメイクアップだガン!!
 
年の差が開いていることもあって、贋鉄斎、捨之介のこと可愛がってくれたんだろうな。孫とか息子みたいな気持ちで、おぬし〜ウリウリ〜〜ってしてくれてたんだろうな。そりゃ捨之介も胸襟を開きまくってガバガバになって、贋鉄斎ルームで「終わりたくない」「お前とずっと一緒にいたい」「お前が好きなんだ」などと月9をおっぱじめるよ。
 
思い返すと、一番かわいかった…のは…贋鉄斎だったような気もしてくるんですよね。マジで脳内作画がプリキュア妖精さんで2頭身なので……まああのシーン福士捨も二頭身だったんで作画のトーンが揃ってるともいえるんですけど。なんだっけこれなんの話?髑髏城の七人の話だったわ。
 
いやー贋鉄斎の呼びかけで捨之介にミラクル髑髏ライト振らせてもらえるなんておもわなかったですね…。
 
 
■渡京
もういてくれて喋ってくれるだけでありがたかったんですよね。
なぜなら聞きやすいし誰がしゃべってるのかすぐわかるので(上弦…全体的に声が似ていた…)。
 
鳥渡京に比べるとさらにアヤシ〜奴というか、さらに小ズルそうだったけど、髑髏党を霧丸と騙すシーンのポンコツさが途中から増したの、ウッ…かわい…と思った。渡京って毎回「なんだお前はムカつくあー腹立つまた邪魔してアーーッもうほんとちょこまかと小賢しいンーー!!!!!!!……えっ好き…」みたいになっちゃうんですけど、上弦はほんとお前ーーっ!お前お前お前ーーっ!好きだぞチクショー!ってなった。
 
髪にメッシュ入ってるのも「怪しいヤツです!!」という感じでよかったな〜。
なんか、鳥よりさらにアホでしたよね!?策も鳥以上にバカバカしかったし、わりとアホの子でしたよね。月渡京。
 
それでも、隠しきれないのが刀捌きの美しさ。
本当はお前強いだろ!とツッコミを入れたくなってしまうのも、これも粟根さんの殺陣が美しいのがいけないんだ……ウッ…ウウ〜〜佇まいも美しいし、こんな怪しい裏切り眼鏡おじさんに色気を感じてしまうの感性がバグったとしか思えないんだけど、粟根まことさんならそれができるんですよ。粟根まことさんにはそれができるんだ!!!
 
粟根まことさんの声を聞きながら眠りにつきたいんだけど、渡京の声を聞きながら眠りにつくシチュエーションは絶対よくない夢を見るシチュエーションなのでご勘弁願いたいのだった。
粟根さん……好きだ…好きだ……。みんな髑髏城の七人1997も見てね…。
 
■狸穴
地味〜にっていうとなんだけど、地味〜に好きだった、いっけいさんの狸穴。
いや、いっけいさんの狸穴、実際めちゃくちゃハマってませんでした!?家康感の出方(?)が花鳥風月でもトップクラスだったと思う。大物感もお茶目さもあり、なにより狸感。めっちゃ狸。
 
霧丸の頭をうりうり撫でたりいじったりしてて、おちゃめでかわいいし、おでんを見た瞬間から「おっ!!」となってる様子がはっきり見えるのも良かったなぁ。ものすごく特筆すべきところがあるタイプではないし、いわゆるイケおじともちょっと違うんだけど、愛嬌があって親しみが持てて、でもちゃんと大物で…家康感が強かったんですよね!とにかく。
 
あんまり書くべきことがないんだけど、いっけいさんの狸穴ハマりすぎててもう何回か見てきたよな気持ちにさえなったから……私これ鳥髑髏の太夫にも言ってたけど「もう見た」って見る前から思ってたから…(?)
 
上弦にだけあるシーンですが、洗濯物干すシーン、ほんとに…良いですね。ニヤッとしてしまうし、あのシーンのほのぼのさがあるゆえに、後半がとても悲しいし辛い。ので、いつもカテコで楽しそうに手を触り合う二人を見るとちょっとだけ救われてしまうんですよ。
 
 
まだまだ書きたいことがいっぱいあるんですけど、2万文字はさすがに越えたくないし手が疲れてきたし、まだ下弦の感想に着手できていないのでこのあたりにとどめます。続きはツイッターで。
 
上弦は、始まった段階では荒が目立っていて、上弦のオタクをしつつも「否定されてしまっても、仕方がないかもしれないなぁ」と思っていたところがあるんですが、終わった今では「私がこの芝居を自信持ってよかった、好きだった、と言わなくてどうすんだ」って気持ちが強いです。
 
髑髏城の七人月 上弦の月!!!!!!!おもしろかったですよ!
すごくすごく良かったし、おもしろかったし、大好きだったし、これからも大好きですよ!!!!!!!!!!!!!!
 
そして以下の意見は、私にとっては、私にとってはのものですよ。
上弦はワカぶりに「強く捨天蘭過去の姿を描くことができる」髑髏城でした。単純に、三人の年が近いというのが大きいとは思うのだけど、捨天蘭全員が妙に地に足ついていて、人間くさいところが多かったからかもしれないなぁ。でもみうらんと天魔は絶対合わないよね。天魔がどうぶつのもりやってたいって言っててもみうらんはお外で缶蹴りしたいもん。ゲームとかしゃらくさいもん。外遊びひとつで育て上げられた漢だもん。(福士捨はどっちでもつきあってくれるよ)
 
上弦髑髏は青春の過ちの、若さゆえのヒリヒリした感情のやりとりを主軸に置いた物語で、それは一見ワカに近しいと思うのだけど……でも、やっぱりワカドクロとは違うんですよね。ワカは「もしかしたら交わったかもしれない三人」の物語で、上弦は「決して交わることはなかったけど、交わりたいと思っていた三人」の物語だと思う。相互不理解の髑髏城、と呼んでいたけれども……天も捨も、蘭さえもこの髑髏においては「理解されたい」と思いながら生きていたような気がするな。
 
だから、辛かった。
上弦、楽しかったー!と豊洲を出るにはあまりに辛くって苦しくって、感情をボロボロにされまくった。終演後。はけていく福士捨にむけて「そ〜ちゃ〜ん!」と叫ぶ福士くんファンのきらきらお姉さまを横目に「つれえ…つれえ…」と男泣きを堪えながら拍手贈るマチネもあった。「六欲天…今日三欲天ぐらいしかちゃんと斬れてなかったけど大丈夫か…」とスペースキャット顔のソワレ(前楽)もあった……。
 
前楽のドデカイミス、こんなこというと不謹慎だけど私は「上弦ぽくて」おもしろかったんですよね。(同行の友達とか、別にミスに気づいてなかったし、何回もみてる側はあっとなるけど、初見が気になってないなら目くじら立てて責める必要性はないと思っている)
もう楽しかないんだよ!楽で綺麗に終わらせなきゃいけないの。その状態で千穐楽に突っ走るんだから「千穐楽寂しい」じゃなくて千穐楽マジ頼んだぞ!!ほんと!!ほんとに!!」って気持ちで豊洲に向かったもんね。
 
だっていうのに楽まで感情剥き出しで、綺麗にやるつもりなんて誰もないんだろうなってお芝居のぶつけあいっこしてた上弦くん。不器用だけど愛しい子だった。しっかりはっきりとした髑髏城はいっぱい見せてもらったので、上弦くんはあれでよかったと私は思っているし、私は本当に満足しています。私が髑髏城の七人に求めているものを、上弦くんは見せてくれた。もっともっと見てたかったんだけど、ちゃんと満足はしてるよ!
 
懸念点としては、ライビュ見れてない勢なので、ゲキシネで見たらあまりにも顔が良すぎて倒れてしまわないか心配。いや…福士三浦の顔が並んだ瞬間画面のイケメン係数が異常値を訴えてしまうでしょ…無理でしょ…バルト9のスクリーンが真っ二つに割れてしまうかもしれない……。上弦の月ゲキシネが一体いつごろになるのかという話からはこれからも目をそらしていく心づもりです。さすがに告知してくれそろそろ!!!!
 
あーーー楽しかった!!!!!!!!!!!!!!苦しみも痛みも含めて楽しかった!!!!!!!
ありがとう上弦の月!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!
ありがとう練乳ミルククリームの香ばしフランス!!!!!!!!!!
 

お芝居は揺らぐから、私は多ステする

 
あーーー終わってしまったほんとマジめっちゃしんどい……
自分がいまどうやって生きてるのかその原動力どっからひねり出してるのかホントもうわかんない……
 
というわけで、多ステ(念のため解説すると、複数回同じ舞台へと足を運ぶことを意味するよ!)していたお芝居が先日千穐楽を迎えました。

念のため警察に怒られたくないので弁明すると、便宜上「多ステ」という言葉を使うが、多ステというほど通ったわけではないです。

おそらく一般の人の前で言えば「えっ!?同じお芝居をそんなに観るの!?」と言われるが
多ステ勢のみなさんの前で言えば「え?そんだけ…?なんで?……お金なかったの?」って言われると思う。その程度の数なので大丈夫。大丈夫です。何かが。

それでも、まぁそれなりに時間を使い、何より腰をすり減らし(電気を打ってから観劇に行くのはあまりにも優しくしてくれた医者への反逆すぎて申し訳なかった)て通わせていただいた舞台でした。
終わった今は、ちょっとした放心状態。もうこの土日に足を運んでもあの舞台はやっていないし、お客さんだっていないし、ジューダスは聞こえてこないし、捨之介は太ももを丸出しにしていないんだなと思うと苦しすぎて脳内ではやっていることにしてしまう。勝手に。
おとといのマチネ荒武者隊退場ソングはアゲハ蝶だったってホントですか〜〜〜!?

冗談さておき、喪失感に苛まれながらいろいろなことを考えていた一週間でした。
そのうちひとつ、特に考えていたのは「なんで私は多ステしたんだろうなぁ」ってこと。

ヤバいぐらい集中力ないんですよね、私。昔から集中力のなさが売りで、何回「集中しなさい」って言われてきたかわからない。低学年の頃とか絶対名前呼ばれるよりも「集中しなさい」言われた回数のほうが多かったよ。盛りましたすみません。
とにかく、私は観劇オタクをやっていくのに大事な要素「集中力」をドブに落っことして生まれてきてしまったんですよ。だから基本的には多ステしないんです。3回までかな、飽きずに観られるの。それ以上は滅多にないです。

そんな私がなぜ、こんなに多ステしてしまったのか。(いや、正確には夏も同じ芝居のキャスト違いに通ってたんですけど)単純に見ていて好きで楽しくって何度も観たくなるからなんですけど、何故このお芝居だけ「何回も観たい好き」を覚えてしまうのか。考えていて……
 
結果として、私は私のなかにあるこのお芝居の「揺らぎ」のなかにあるものに興味があるんだろうな、と思った。
 
お芝居って、物語を伝える手段のなかでももっとも揺らぎが大きいものなんじゃないかと、思っているんですよ。
その日のコンディションや雰囲気に左右される人間という生き物が演じて、それを観客が客席から見る。この客席位置によって見えるものは全然違うし、見方も変わる。どうやっても同じ公演になりっこないんですよね。
おまけにお芝居って、自分の趣味嗜好に合わせて見る視点を定めることができる。あの人が好き!って役者さんがいれば、その人だけを見ていることだってできる。同じ公演がないだけじゃなくって、同じ公演でも違うお芝居を見ている人間しかまわりにいないんですよ。人の感想見て「そんなことしてた!?」とか「え〜このひとはこう思ったんだ…!」とか、びっくりすることがいっぱいある。
 
そんな風に揺らぎが大きい「お芝居」だから、その「物語」を追いかけたいと考えた時に難しくなってくるんですよね。もちろんぱちん、と一発で解釈が決まることもあるんだけど、私が今回ハマった舞台は、私にとってはそうじゃなくて。でも、このお芝居に通ったのは、このお芝居が「揺らぎの大きいタイプのお芝居」だったからじゃないかと思う。
つまり、大きな揺らぎを目の前にして、でもこの物語を好きだと思って、もっと理解したいと思ったから私はあそこに通っていたんじゃないかなぁ。
 
多ステっておもしろいんですよ。
うわっ!この回好きだったな、って思って、次見たらその「好きだったな」のところなくなってたり。どうしても「あの回はよかった」「この回はちょっとイマイチだった」とかあって……純粋な楽しみ方じゃないかもしれないけど、でも「あの回でこうだと思ってたこと、もしかしてこの回を鑑みるとこうなのかな?」ってつなげて考えてみたり、それを終わり際の公演でひっくり返されたりするの、すごく楽しいんだよね。
 
というわけで、やっぱりロングランでの多ステって、楽しいねーーーっ!
役者自身の「こいつってこうなのかな」とか「もっとこうしたほうが、こいつのこと伝わるかな」という葛藤、回りの役者に突き動かされて変化する解釈、お芝居。そういう過程を見守れるのもロングランならではだし。
役者さんの負担は大きいのでおいそれと「ロングランして」とはいえないのだけど、でも……見る立場としては本当におもしろかったな。幸せでした。
 
結局、その揺らぎのなかにある芯を見つけ出せるかどうかは、私にとってそんなに大事じゃないのかもしれない。役者が表現しようとしているその人物を、物語を、いっしょに読み取ってみたいなぁと奮闘してみる、その体験を楽しんでいるのかな。いわば私のひとりプロレスなのかもしれないなぁ。
でも本当に楽しかったですよ。多ステはしたけど、私が同じ劇場に通って、同じ役者が演じるのを見ていたあのお芝居は、ひとつとして「同じお芝居」ではなかったから。そして私が観劇していたその回のお芝居もまた、同じ回を観劇した誰ひとりとして同じ視点から見ていない、私だけが見ていたお芝居だから。
 
色々言ったんですけど……
とはいえこんなことをうだうだ考える以前に
 
「は〜推しが舞台で暴れてるとこまた見たい」
「っていうか髑髏城は脳に直接キメられる夢見酒だから定期的に飲まないと無理」
 
という気持ちがあることも、また真実!!!!!!!!!!!!!!!!!!
やっぱ動く推しを生で見るというのは人生にメリハリが出る素晴らしい体験なので、生で推しを見るために人生頑張って行こうと思います。昨日ばっかり向いてたら意味がないって捨之介も言ってたしな。オタクよ、明日に向かえ。
 
というわけで、月髑髏上弦下弦の感想が書き終わらないので、先んじて最終感想にむけてのお通しをおいておきます。
終わんない…感想が終わらないよ髑髏城くん……
 

まっすぐな月の光 髑髏城の七人月〜上弦の月〜 後期公演感想

えーーーー!!!!!!?????????
髑髏城の七人月 上弦の月 めっちゃくちゃに面白いしめっちゃくちゃに良いよーーーー!!!!!!!!!!
 
私は上弦のオタクだけど、でも上弦正直勧めづらくて。
私は好きなんだけど……好きな役者が特にいなければ下弦のほうがいいかな…と日和ってしまってたとこあるんだけど、今なら「上弦!!上弦見てください!!下弦ももちろん見てほしいのでとりあえず1回ずつ!!」という気持ちで山から降りて野を駆け回れる。
この終盤ではもう、それも難しいんですけどね。みんな!ゲキシネの時はよろしく!
 
最終回みたいになっちゃうから終わるまではちゃんと書かないけど。
最初はほんと、不安で。月髑髏不安要素多いけど下弦より圧倒的に上弦が不安で、大丈夫かなこれ、ちゃんと幕は開くんかな……って怯えながら初日に向かったし、初日見たときは「お、おう…………」ってテンションにもわりとね、なったんだけど……今はすごく上弦が好きだし、一人でも多くの人に上弦を見てほしいな〜と思っているので、すごく幸せです。序盤のハラハラする上弦を見守れたことも含めて、すごく幸せな体験をさせてもらいました。もらいまし…もらってます!!まだ終わってない!!まだ続く!!
 
捨之介の項目でも書くんですが、ここにきて上弦髑髏という作品がものすごくストレートになってきたと感じます。
最初は下弦大正解なのに上弦混沌としてんな…みたいに思ってたんですけど、今となっては、髑髏城の七人としては下弦が正しさに近い。髑髏城の七人月としては上弦が正しさに近い。という気持ちだなぁ。月髑髏という作品が、親切なように見えて実は落とし穴がものすごく多くて、ボコボコの穴があちこちに開いている髑髏なので、そのデコボコに添う力は上弦のほうがやや強い気がしています。
 
なので、上弦は変わらず歪だけど、その歪さこそが月髑髏本来の姿なんだなーって。
花鳥風とくらべて相互不理解の色が強くて、青春の過ち、痛み、苦しみの要素が強いけど、ワカドクロから始まった捨天別役髑髏城がいったんこの月で幕を引くのは、ちょっと感慨深い気がしちゃいますね。
月がワカドクロのブラッシュアップかっていうと違って(やっぱその役割は花のものだと思う)、これは新しい月髑髏というお芝居なんだけど、大団円!って形で終わらないところもまた髑髏城らしいというか。
やっぱある程度観た人間の心を荒野にしてほしい。楽しく苦しみたいし、つらいよ〜〜!!!って泣きながらチケ増やしたい。そういう需要に応えていただきありがとうございましたーーー!!!いっぱいいっぱい苦しみましたこれからもまだまだ苦しみますーー!!!!
 
拗れたオタクが勝手に苦しんでるのは、本当に勝手にやってることなので「いや別に苦しくないよ」「楽しかっただけだよ」という皆様にはその感性を大事にしてほしい。
苦しみを楽しんでしまうオタクですみません……髑髏胃痛、めちゃくちゃ楽しいです……。
 
 
■捨之介
福士捨 宮野捨見たあとだとやっぱりめっちゃ爽やか。すだちの匂いがする。
なのに宮野捨が言わされてない下ネタ言わされてるんだからここはなんなの?この荒野何?怖い……やめてふくしくんをこれ以上そんな……極控えてんのに研音に怒られたくないんだよこっちは!!!!!!(春の研音&準劇団員祭り 極髑髏)
 
正直ねぇ月始まったときはねえ、「やっぱ捨って年齢重ねた人間やる役だしなあ…」という思いがぬぐえなかったんですが、ここにきて「月の捨は福士くんのほうがすっと嵌るかもしれん…」という気持ちになってきたので、本当に自分としてもびっくりです。
 
最初の感想からずっと言ってるんですが、月捨はすごくかたちが歪なんですよ。まっすぐで、善で、正義で、だけど独りよがり。天魔王に敗北して初めて、天と蘭が見ていた地獄を理解する。這い上がる瞬間で本編が終了するという、見ててすごくハラハラしてしまうタイプの捨。わたしは捨のことが大好きなんだけど、やっぱり月捨って、歴代の捨に比べると自己主張が強くて勝手で独善的だなと思っちゃうんですよね。天魔のことも蘭のことも、わかろうとしたんだろうけど理解できてなくって、それで天を追い詰めてしまうわけだから。捨がもうちょっといろいろな視点からものを考えてくれたら、他ならぬ捨自身が傷つかずに済んだのになって、悲しい。
 
そういういびつな捨だけど、福士くんのような若い人が演じていると「若いもんなぁ…わかんないよな」って気持ちになる。回りを完全に見ることができなくても、完全に他人を理解できなくても、しょうがないよ若いんだもん。月捨においては「若さ」がキャラとしての説得力に繋がる場面もあるんだな、っていうのが私の後期月髑髏を見ていていちばん大きな気付きかもしれない。(もちろん下弦は下弦で大好き!)
 
若い頃のぎらぎらした、理想を追い求めて自分の物差しで世界を測ってしまう危うさが、月捨の歪さと噛み合ってしっくり来るようになってきて。最初はいっぱい不安な点があったけれども、福士くんにしかできない捨がきちんと出てきてくれて嬉しいです。爽やかだけど儚げな笑みとか、翳りを感じさせる事が多かったんだけど、最近はか細いけれどもまっすぐ伸びている月光、という印象かな。ちょっと不器用に見える捨だからこそ、最後の笑顔に嘘がないと思えてほっとする。
 
上弦の捨はね、自分が「過去にとらわれている」ということにどっかで気づいていたと思うな。とらわれているとわかっていても、俺は大丈夫なんだ、だから天と蘭を助けてやらなきゃいけないんだ、って言い聞かせながら闇雲に世捨て人を演じようとしていた人に思える。やっぱりそのへんは、小栗捨に近いと思うんだけど…福士捨は小栗捨ほど取り繕うこともうまくなくって、がんばってほころびを繕いながら、なんとか傘の役割をはたそうとしていた人に見える。
だから「お前みたいな向こう見ずが」って霧丸に言うの、誰と重ねて言ってるんだろうな〜ってずっと思ってたけど、やっぱり自分、なのかな。と今は思います。霧丸の姿を通して、いまとらわれている自分の姿を見ていたのかもしれないなあ。上弦においては「昨日に向かっているんじゃ意味がない」も、霧丸にってだけじゃなくって自分に言い聞かせていた言葉なのかも。
 
上弦捨は終盤のギアのかけ方がすごく好みなんだよなぁ。叫びに、思いに混じりけがなくて、絶望までもがストレートで、闇のなかにすこんとまっすぐに落ちていくようにみえるんですよね。それが辛いけど、なんとなくどこかに爽快感もあるかな。どこかで気持ちのよい負け方、というか…謎な感覚なんですけど、あって然るべき敗北に見えます。
ほら全国大会で優勝するには一年の大会のとき地区本選で敗北しといたほうが盛り上がったりするじゃん!?そういう感じ!!
 
天魔が飛び降りたあと、下弦捨は呆然と立ち尽くしてから後ろにふらふらとよろめき、座り込んでしまったんですけど、上弦は天の落ちていった先へとふらふら歩いていって、霧丸に止められるんですよね。上弦捨は、どこかで鎧を剥がしたあとの結末を予期していた気がします。下弦よりも上弦のほうが、捨から天への理解度合いは高い気がするんですよね。それでもこのまま天魔王をやらせているよりは、鎧を剥がして訴えかけるほうが人の男を取り戻せる確率は高い、と考えていた、、とか……うーん、まぁこのあたりは完全に根拠無し妄想ですが。
 
とにかく彼は「天魔王」ではなく「人の男」と、仮面も鎧もない姿で相まみえて、話がしたかったんだと思います。だからわざわざ、鎧を斬る剣をこしらえた。その鎧さえ取り払えば、昔みたいに話ができるんじゃないかと思っていた……。
彼は天魔のことも、蘭のことも、好きだからこそ過去のしがらみに囚われていてほしくなくって、でもその彼らからすると「しがらみに囚われている」ことこそ生きる意味を見いだせる最後の拠り所だったわけなので、つれえ…ほんとつれえなぁ……。
 
でも福士捨。もう闇ではないよ。
一時期はほんと闇に飲み込まれるんじゃないかって不安だったけど、いや今も頼りないんだけど、でも確かに光を感じるよ。
私は捨之介が最後、川を越えて光の方角へと走っていくのがものすごく好きなんですよね。蘭が「一度洗い流すしかない」と言って、そのまま囚われてしまった川。捨之介も最後のほうは川に浸かってずぶ濡れになって、囚われかけてしまうのだけど、最後にはその川を越えて乾いた大地へと戻っていく。花鳥風月通してすごく好きだな〜と思うシーンなんです。
 
あと、研音に怒られるのは怖いけど……でも……
鴈鉄斎と最近仲良しなの、めーーっちゃか〜わいい!
アドリブ対応とかできるのかな…大丈夫かな…って思ってたけど、返しの方向性が予想外すぎて「なにが出てくるかわからんパンドラの箱」を毎日パカパカされてる気分になる。新感線の舞台でこんなド天然アドリブを見ることになるとは思ってなかった……ありがとうカワイイよ…。
 
下ネタを言うようになったのは(最近止められたぽいけど)別にいいんだけど、いいんだけどなんかちょっと寂しさはある。ちょっと前までnon-noのグラビアで「彼女は大学のころいたけど、その子と別れてからはなんもないです笑 けっこう引きずるタイプなんで笑」ってインタビューに答えてた上弦捨はもういないんだ……下弦捨にキャバクラ連れていかれたらいっしょに行っちゃうんだ…うっ嫌だ…嫌だ上弦捨ピュアなままでいて……もう手遅れ……
 
果たしてあと一週間 研音に捨之介を取り上げられないまま駆け抜けられるのか!?
 
■天魔王
上弦天魔王はオタクの情緒を捏ねてちぎって投げるのがうますぎるので、捏ねられてちぎられて投げられてる……。こんなん無理…こんなん無理じゃん…って毎回泣いている。
 
上弦はじまった時は、なんて拗れた解釈の天魔王出してきたんだよ…って思ったんだけど、月での変更点を鑑みれば、逆に?王道の解釈だったのかもしれないな、とこの時期になって思えてきました。戯曲上の姿を追いかけてても、他の天魔と比べてさらに粘度が高いようなきがするんですよね。月天、あ。
 
もうなんかね〜上弦天魔王のテーマ「愛」なんだよな。愛でしかないんだよ!!
月髑髏上弦天魔王 今年のテーマは「愛」です!!!!よろしくお願いします!!!!
 
彼は国盗りとか天下とか戦乱とかは正直どうでもいいんですよね。ただ、天としての信長が為していたことだから、その再現として天をやり遂げようと頑張ってるだけで。彼にとって、自分が「天」であること以外、愛した人と添い遂げる方法はないんですよ。蘭と違って、もしその人が生きていたとしても添い遂げられやしないんですよ。だから「自分が天だ」ってことを拠り所にして、生きることしかできなかった。
 
蘭への口移しも、これまでは「天魔に一方的に与えられた酒を飲み、蘭が堕ちる」という描写だったんですけど、今回においては天魔王にとってもあの口移しは大きな意味を持つ、己にとっての儀式だったんじゃないかと感じます。
そもそも、あの口移しってモロにイエスキリストの「最後の晩餐」なんですけど(この酒はわたしの血なので、この血を飲むときあなたのなかにもわたしの血が流れますよ、って言ってワインを分けあたえたアレですね)。天魔王たちは、まさしくイエス・キリストの立場からあの酒を分け与えてると思うんですよ。死した信長の復活した肉体が自分である、という意識で。
 
例えばこれはワカ天もそうだと思っているんだけど、「蘭を手に入れることも含めて織田信長」だと思ってるのが上弦天な気がしていて。あの口移しによって蘭を手に入れ、そこで初めて自身も完全な天魔王となれる、という天魔王にとっての儀式の側面があるように思えてならないんですよね。ただ、上弦天魔にとっては、蘭は愛した人の忘れ形見でもあって、憎らしくもあるけれど愛した人の愛したものだから……「蘭を愛した信長ごと己の身の内に取り込む」儀式だったのかもしれない。
最近の上弦天魔は蘭を愛してるんだなと感じます。蘭に勝てないということをわかっていて、それでも、信長が蘭を愛していたことは事実だから……愛しているのも嘘じゃないんじゃないかな。憎いのも本心だろうけど。
 
愛しているからこそ憎らしい、みたいな像ともまた、違うとは思うんですよね。
蘭のことを愛している。でも、愛してるからといって生きていてほしいわけではない。なんじゃないかな。
信長を手にかけたのも(たぶん上弦は手にかけてると思います)そうだと思うと納得いく。天魔にとって、愛していること=生きて傍にいてくれること。ではない。むしろ天魔は信長のために「死にたかった」んじゃないかな。だから嘘の遺言でも「死ねと言われた」と言ってみせる。
「自分のために死んでくれること」が究極の愛だと思っていて、だからこそ生駒に死を選ばせて喜んじゃう。そういう天魔王なのかも、という気がしています。
 
「殿はお前に生きろといい」のあとにひと呼吸置いてから「わたしに死ねといった」って言うんだけど、その時の表情が…ものすごく苦しそうで、そうだよね…そこからは嘘だもんね…って辛くなってしまった。
上弦天魔王。殿を本当に愛しているけれども、愛しているからこそ蘭にかなわないことを知っていて、その冷静さがアンバランスで、とても苦しい。
 
「所詮お前も天はつかめない」と言って蘭の息の根を止める天魔王だけど、天魔王にとって「天」とは唯一天魔が望めるものだったんだよなぁ……。蘭や捨に与えられなくて、天に与えられていたものって「人の男」ってポジションで、それこそあとひとつ横棒があれば「天」に届くわけで……だから、あの人の「心」は手に入らずとも、「天」だけは自分のものだと思いたかったんだろう。
上弦天魔に関しては、やっぱり天魔というより「蘭兵衛」に近しい気がしちゃいますね。愛する人への情炎に狂って堕ちてしまった憐れな子。この天魔に関しては元から狂気的だったイメージがあんまりない。サバサバしてて言いたいことハッキリ言う蘭とは対照的な、大人しくて内気な子だったんじゃないかとさえ感じる。それが信長晩年で爆発しちゃったのかなーって……。
 
さんざんバブだのガラガラが必要だのなんだの言ってますけど、最近首がすわってあんよが上手になったので普通に怖くて怖いです。早乙女天魔、挙動が読めないから何するかわからないし、最近声を使い分けて人の恐怖をくすぐってくるようになったのでこえーよ!!!って思ってる。
メイクが序盤に比べてかなり美人寄り…というか「君…初日と顔ちがくない??????」過ぎて、オペラで見るとハワワワワワ…となってしまうんですが、メイク班じゃないので細かい変化とかはなんもわかんないです!!
私のお化粧レポ「化粧してた」「肌白かった」「まつげ長い」「なんか塗ってる」で終わる。推しの化粧うますぎてそろそろ「シューウエムラの専属モデルあるで!」って思い込んでます。は〜髑髏城と化粧ブランドコラボしないかな〜ひろせ蘭プロデュース無界の女の血リップ!地の男の泥パック!早乙女天魔のバシバシ睫毛マスカラ!
そんなもん買う金と心の余裕あったら登城するので大丈夫です。ありがとうございました。
 
でもホント後半でスパートかけてきて、私としてもやっと「これだーーっ!!!」と思える上弦天魔王に出会えました。今までずっと、何かやりたそう、まだ仕掛けたそう、探ってそう…と感じることが多かったので、推しの本気の本気がガンガン繰り出されてる光景に涙を禁じえません。ありがとう…こんな最高の推しに課金できる環境……
どうせ私が「最高!!!!これが正解じゃん!!!」って思ったとしても「ざんね〜ん!まだまだ途中でしたーっ!」って違う芝居を見せてくるのが推しなんで、楽まで油断せず心臓は予備の分も持って登城していきたいと思います。
 
■蘭兵衛
髑髏城の七人月~みうらんべが最高の月~絶好調すぎる。
「私の趣味に合う」という点で…最高で…好きで…クセは強いと思うんだけど…私は…たまらなく…無理…好き…
その蘭、百点!!!!百点満点中でな!!!!
 
私(太一オタク)と知り合いの髑髏オタク(太一オタク)とで見に行くこと多いんですけど。
一幕終わったあと「みうらんべヤバくない?」「知ってたけどヤバい」「どんどん好きになる…」って脳トロトロな会話をして、そのまま休憩時間みうらんべ…良い…みたいな話しかできなくて…私たちは何のオタクなんだ……(蘭兵衛という概念のオタク)
とにかく、そのぐらい良いです。大好き。

そもそも「顔きれいゴリラが大好き」という性癖にワカ蘭が刺さって髑髏城ズブズブ蘭兵衛ズブズブだった私なので、オラオラゴリラのみう蘭を好きにならないという選択肢がないんですよね。あんまりゴリラゴリラ言うのもな…私が記憶のなかでゴリラにしすぎかもしれない…と思って見に行ったら、兵庫にビンタし返されてキレて三連ビンタかましたうえに、まだビンタしようとして止められていたので、そんなゴリラなことある!?と混乱しました。
いいのか!?ゴリラでいいのか!?いいんだな!よし…あなたはあなたの道を…お行きなさい…。
(さすがに神の指摘入ったのかこのあとビンタ控えめになった……)
 
前回がひどすぎたので、今回は脳死感想以外にもいろいろと言いたい。
座席ガチャ勝利回があったこともあり、めちゃくちゃ蘭をよく見れたんですが、上弦蘭は細かいところでのしぐさ・所作、伏線の置き方がうまい……。なんでそうなったのか?というのが(私視点では)わかりやすいなーと思いました。
 
なんだろ。三浦蘭ほんとに気持ちがいいんですよね。見てて気持ちがいい、っていう感じ。花鳥風月で一番見てて爽快感ある蘭かもしれない。
蘭ってよく考えたら同情の余地なしのド外道なんですけど、見てるあいだ「うわ~~;;;蘭悲しい;;かわいそう;;」みたいに思っちゃうところがあって、鳥蘭とか…すごかったから…ウルトラ被害者ヅラしてくるから「蘭~~~;;;;かわいそうだよ~~っ;;;;」ってなって、劇場出てから「いや……あいつ自分が悪いだろ!!」ってはっとしてたんですよね…。
 
かわいそうっちゃかわいそうだし、見てて辛いし悲しいし、過去にとらわれたまま打ち勝てない、っていう人間臭さ、理解できるから辛いんですよね。蘭兵衛って、アレとかコレとかビジュアルから設定までもう何もかも「オタクーーっ!!ここで死ねーーっ!!」って火炎放射器で畑を燃やしまくるレベルで強いので。蘭兵衛をぶつけられると7割のオタクは燃える(調べてないです)と思ってるので…。

でも上弦蘭は、ドーンっ!で出てきてザクザクザクッて人殺して、ウワーッて裏切って、バーンッて死んでくからあんまり辛くない(私だけかもしれないけど)、いや当然だわそりゃこうなるわ…って思って見ていられる。ていうか月は極楽がかわいそうすぎて、蘭をかわいそうと思うより先に「極楽に謝って…」って包丁持ってしまう。ので、本来持つべき憎しみをきちんと蘭に向けられる気がしてて、私は楽しいんですよね。

これ花蘭のときも思ったんですけど、ピンと硬質で落ち着き一定ある人が落ちたとき、すぐさまひっくり返ってしまうのって、私はなんか…「わかる」んだよなぁ。重たいものは落ちる。着地点がわかりやすいというか。私が下弦蘭を「理解できない」と思うのは、彼がふわふわと風に揺られて落ちていくから、その軌道・行きつく先を読みづらい、というのがあるのかもしれない。
それは良しあしではなくって、ほんとに好みの世界で…でも私は…バカ……なのでみう蘭…わかりやすくて好きですね…。下弦蘭のほうがわかりやすいって人もいるだろうし、なんなら上弦蘭クセ強いから、下弦のほうが好きという人の気持ちもとてもよくわかる。上下で一番ギャップ激しいの蘭だと思うので、すごくおもしろいですね。
 
みう蘭の好きなところ。こんなに強いのに、わりとチョロいんですわ…。
一幕で天魔に「森蘭丸」って呼びかけられて、発作でも起きたみたいに胸を抑えてよろけて、そのまま天を仰ぎながらふらふらと歩き始めるところ。あそこね…もうあそこからみう蘭、半分は落ちてるんだよね…。愛情というか、呪いに近しいんだ。無界を、大夫を大事にしていたんだろうけど、みう蘭は殿への愛というよりも、単純に「殿の下で過ごした日々」に囚われていた気がするなぁ。やっぱりこうやって見てると、アプローチは花蘭に近い気がしますね。愛というより忠義の子。もののふであることをやめられなかった子。
 
…と思っていたら口説きがめちゃくちゃエロくなっていて情愛路線に転がりはじめていた…。口説きのとき天魔のこと引き寄せたり、腕を腰に回したりしてて「下弦蘭か!!!??」って焦りました。(その前日下弦蘭見たら、あっちは逆に天魔イヤイヤ期に入ってて上弦蘭か!!??ってなった)
でもそのあとは割りといつも通りというか、あんまり一幕から乖離してない蘭に戻るので、あの口説きのときの顔は殿の前でしか見せなかった顔…なのかもしれない。上弦蘭は、天魔のことはあくまで天魔だと思っていて、信長と同一視はしてない気がするんですよね。むかしは俺ら一緒にムチャやったよな…みたいな相手かな。
 
変更点がちらほら出てきて戸惑うものの、良い方向に変わったなーと思う点、すごく多いんですよね。
「無界の里の男と女、その命」が後期からめちゃくちゃ良くなった。すごい声がピン!と通って、揺さぶられた。ああこの時までは守ろうと思っていたんだな…半分落ちてはいたけど、もう半分は本気で、みんなを守りたいと思っていたんだな……って感じた。
 
「来い 大夫」もどんどん良くなる。
満身創痍でふらつきながら、焦点のあわない目をしていた蘭が、最後に大夫を捉えて「来い」と呼びかけるのがね……辛い…辛いよね…今回の蘭と大夫、恋愛要素が消えて親子ポジションになったぶん逆にめちゃくちゃ辛くなったよ…。
 
それとそれと、細かいところの小芝居も良い。
捨が「ボーッとした男」って言われたときにほんとにちょっとだけ小首かしげるのとか、さりげない着物のさばき方とか。オラオラゴリラだけど、所作は要所要所ですごく丁寧なんですよね。ああいう仕草見ると「あ…この人森蘭丸だ……」って思うし、あれでだいぶギャップが埋まる。

初日時点ではこんなに好きになると思っていなかったんだけど、今完全に好きすぎておかしくなりそう。もうおかしくなってた。人は髑髏で何回でもおかしくなれるしオタクは蘭兵衛でいくらでも狂える。
私はみうらんべさんにビンタされたら30発ぐらいまではご褒美として受け入れる覚悟があります。
 
■霧丸
霧ちゃん……
下弦霧ちゃんは「霧ちゃん…お、おぢさんだよ〜……^^」って気持ちで見てるんですけど、上弦霧ちゃんは「霧ちゃん…霧ちゃん…霧ちゃん……( ;∀;)」って心境で見てる。
 
上弦のほうがまわりのキャストとの兼ね合いもあって霧丸の難易度あがってると思うのだけど、でも平間霧丸、めちゃくちゃ好きです。下弦は兄貴捨と子分霧ちゃんって感じでわかりやすいけど、上弦は部活の先輩福士捨と後輩の平間霧ちゃんなので。学校帰りに公園でパピコはんぶんこするんだよ。なんであんたは先に卒業すんだよって卒業式で泣くのを堪えて平間霧ちゃんが言うと、福士捨は卒業したってまた会えるだろ〜って笑うんだよ。
 
上弦捨霧、そういう感じです。(伝わらない)
 
上弦霧ちゃんの良いところ!!!成長過程がとてもわかりやすい!!
あと下弦の霧ちゃんよりちょっぴりオトナで落ち着いてる。ゆえに感情をむき出しにするシーンでのギャップが激しくて、めちゃくちゃに抱きしめてえ……という気持ちになる。
 
上弦霧ちゃんは、下弦の霧ちゃんほど感情型ではないぶん冷静なので。
もしかすると、天魔王と思わしき鎧の正体(捨之介)に気づいたときも、「酒を呑まされて操られてるんだ」って気づいてたかも、と感じますね。天と蘭の口説きにも立ち会ってるし。
「あんたも苦しんでたから」って台詞が意味深でずっと考えてたけど、捨が霧丸と同様、過去に囚われて苦しんでいることに、捨より早く気づいていたんだろうな、と今では思います。捨本人は気づいていなけれども、それでも天に覆われているんだってことを、酒に操られている姿を見て気づいたのかもしれないよね。
 
沙霧⇒霧丸になって「山の民」がめちゃくちゃ強調されたけど、これが個人的にはゲキアツなんですよ。
月の捨之介は雨雲が振らせた雨を受け止め、川にして流す「地の男」。でも、雨を濾過して川に戻す役割を担っているものってなんだ?って考えると「山」なんだよなぁ……。
そして案の定捨之介は、雨を受け止めきることができず自身まで流されかけてしまうわけで、そんな捨を受け止めて闇から掬い上げてくれた霧ちゃんが「山」の子であること、すごく意味を感じてしまう。
 
霧ちゃんがいてくれなかったら本当に捨之介は死んでしまったのだろうし、捨之介を救うのは「天魔を死に追いやってしまった捨之介の考えが救った霧丸」という存在でなければいけなかったんです。霧丸という存在は、捨之介が間違いばかりじゃなかったことを教えてくれる象徴のような存在だから。
 
霧ちゃんとかいう存在のエモさが留まるところを知らない……
でも平間霧ちゃん ムキムキすぎて福士捨よりたくましいので筋肉で天魔王殺害ワンチャンあったと思うんだよね。天魔王は強いかもしれないがたぶん百発ぐらい殴れば死んだと思うので、みうらんと結託して右と左から同時にボコればよかったんじゃないかな……
 
上弦の私は天魔王のオタクです。
 
■兵庫
初日から後期公演にかけて、一番進化したのはやっぱり須賀兵庫だと思います。
上弦がかなり見やすくなったのも、大部分はこの人のおかげな気がするなぁ。何回も言ってるけど、兵庫がしっかりしてるかどうかで髑髏城というお芝居の強度が変わるので。
 
「お前が雑魚だと思ってる連中の力、見せてやろうじゃねえか!」で拍手起きるようになったの、すごいですね。でもわかるな。下弦はもっと渋いんですけど、上弦の兵庫の滾るような叫びはテンションあがるし、そうだ見せてやれーっ!って気持ちになるよね。若い須賀兵庫だからこそぶち上げられるポイントだなぁ。
 
須賀くん兵庫と高田さん極楽だと、かなり年の差開いてる印象で下弦よりきつくない!?って思うんだけど、須賀くんがほんっとーーに太夫のこと大好きなんだなぁ、って一生懸命さでいてくれるから、違和感を覚えたことはないなぁ。聖子太夫に女としてというより人間として惚れて、すごく尊敬しているんだと思う。
「日ノ本一の綺麗な背中だ 見失うわけねぇ」がね……とても好き。須賀兵庫は太夫の「背中」を見てきたんですよ。いろいろな、綺麗じゃないものも背負ってきた太夫の苦しみ悲しみ、過去ごと肯定して尊敬している。そのうえで「愛している」と感じている。ものすごく深い愛だよ……絶対太夫を幸せにしてくれる……。
 
序盤は歴代兵庫に似通った部分が多かっただけど、今では本当にきっちり須賀くんの兵庫だし、須賀兵庫めちゃくちゃ愛しいです。ゴム鞠のように跳ね続けてるんで大丈夫か!?wwwと思うけど。
 
しかし、あまりに子犬属性なので下弦の霧ちゃんと並べたら確実にどうぶつ奇想天外みたいになる
上弦荒武者隊子犬の集まりすぎる……うわ〜〜んやめてやめて天魔王;;;子犬に酷いことしないで;;;;;生類憐れみの令生類憐れみの令〜〜〜;;;
 
■極楽
えーーー……もうね……大好き……。
わたし、月髑髏最大の収穫は、個人的にはこの「聖子太夫」ですよってぐらい大好き…………。
聖子さん、悪役も合うんだけどこういう情の深い役やってらっしゃる時の懐の広さというか、度量の深さというか……唯一無二でほんとうにほんとうに好きなんですよ。
 
下弦太夫が「女」を演じつづける人だったのに対して、上弦太夫は最初から「女」として見られることは半分捨ててるというか、もう若い子にそういうの譲ったから!ってテンションでいるけど、めちゃくちゃに生き方が美しいんですよね。顔見世で歓迎されてるのも、老舗クラブの名物ママさんみたいな、常連ウケがすごく良い印象。無界すべてのカーチャンポジションなんじゃないかな。
 
自分も悲しい思いをしてきているのに、それを隠して気丈に振る舞い続けていて、でも無界ガールズのことはものすごく気遣っているんですよ。兵庫のことはホントに「変なこと言うヤツやなぁ〜」ぐらいに思ってそうだよね。今更、自分みたいなのに本気にならなくたって若い子がいるじゃないか、って。
 
でも私は兵庫の気持ちわかるよー!!上弦極楽、あっけらかんとしているからこそ時々見せる悲しい表情が胸に刺さるもん。
無界襲撃で蘭兵衛に一発撃ち込んで、失敗してその場に崩れ落ちるシーンがとてつもなく苦しくて、大好きなんです。ここで蘭兵衛に殺されるならそれもそれだと、絶望して受け入れてしまっている
 
一幕終わりに極楽は「本音を言うならその因果は私で消したい」って歌っているんですけれども、奇しくも蘭兵衛が「因果を断ち切る」ために手にかけたのは極楽以外の女たちであったわけで。上弦極楽は、自分を斬ることによって蘭が幸せになれるなら、自分の身を差し出せたと思うんです。ところが、極楽がそう送り出したせいで、娘みたいにかわいがっていた無界の女の子たちが死んでしまって、自分だけが生き延びて……月髑髏の「無事か?」「私だけはね」は、とくべつ重みがある。
 
あんなに愉快であっけらかんとした人でも、死ぬほど絶望して立ち上がれなくなって死のうとしてしまうんだ。そう思うとすごく苦しい。月髑髏のキャラは全体的に、他の髑髏よりも脆いように思えるのだけれども、人生経験が豊富で年をある程度重ねている極楽が脆いのは、胸が痛くなる。
 
だから最後に生きるよ!って強く宣言してくれるの、すごく嬉しいよ。月髑髏、特に上弦は若さゆえの過ちがテーマとして濃いんですが、そんななかで一番最後に立ち上がるのが大人の極楽太夫、という構図、とても好きです。
無界の里に境はないのだ……年齢の境もな……
 
 
その他キャストの感想も書きたいのですが、あとは終わってからになりそう。
自分は上弦、残り2公演(足せたら3公演になりそうです)になっちゃいました。まさかこんな通うとは思っていなかったので財布大爆死炎上!!!極髑髏を前にしてここが本能寺!!!なんですけど……悔いはないし、どちらかというと「もっと見たいなぁ」って気持ちのほうが強い。
 
最初のほうは捨天蘭の関係性がよくわからん…と思っていたのですが、中の人年齢を考慮すると蘭>天捨 みたいな感じなのかもしれないですよね。天も捨も子どもすぎて、どちらが大人になることもできずにわかりあえないまま終わってしまった。蘭は二人からは一歩引いた場所にいるけど、彼は逆に子どもみたいに幼く振る舞うことはできなかったからこそ、言えないことが多すぎてああなっちゃったようにも感じますね。
 
前にも書きましたが、月戯曲二幕タイトルがほんとうに「ああ…これが月のテーマなんだ」って感じる、凄まじいブツなんですけど。あのテーマ性を如実に表しているのは、どちらかというと上弦のほうに感じる。あのタイトルひとつでいくらでも妄想できる…カズキナカジマやはり天才…という代物なのでまだの人早く戯曲買って見て私と一緒に泣いて。
私は電車のなかでぺらっと捲って目に入って、無理すぎて泣いて暴れました。帰宅後の、自宅の布団の上で。(家まで暴れるの我慢して偉いなぁ〜〜!!)
 
ほんとにほんとに月髑髏終わってほしくないよ……と毎日めそめそしているんですけど……
そんな時極のビジュアルを見ると
 
「わたし 一ヶ月後はこの天海さんに心も財布も抱かれてんだろうな……」
 
という予想がつきすぎるので悲観しないようにしてます。もう財布とか残高みたいな概念忘れたので。過ぎたる我が身の忘八稼業(ステアラ通い)……粋じゃねえよな……オタクだから仕方ないんだわ……。
 
でもロスに陥るのは確定している。
ので、早くゲキシネやって!!!!!!バ◯ト9のゲキシネカフェで虚無しか感じられないコラボメニュー出して!!
5万円ぐらいしても問題ないので花鳥風月極BOX出して!!!!!!!!!!!!
2.5系だとキャラ追いかけるカメラあったりするって聞いて嫉妬に狂ったから捨天蘭だけでも追いかけカメラ出して!!!!!!!
 
口説きのときいつも天蘭見ちゃうので、そこだけポカーン…としてる霧ちゃんカメラもお願いします。
 
霧ちゃん、ほんと変なモン見せてごめんな。あと数公演耐えてくれ。

「推しの情報少ないほうが楽しいオタク」という生き物

こんばんは。どうでもいい話から入ると最近ブログで文章打つのって小説書くのより手軽で楽しくない?って気づいて小説(二次創作)に対するモチベが落ちています。
いいですねブログ。小説は「なんでこんな思いして下手くそな文章打ち続けてんだろうな」って鬱になりながら書いてたけど、ブログって脳味噌垂れ流し!推敲無し!文章力も語彙力も詩的表現もくそくらえドーンバーン!みたいな。文章打ってるだけで楽しいという感覚を久々に思い出した。ありがとう。
 
どうでもいい話ここまで。
ここからもどうでもいい話です。
 
最近推し舞台(推しが出ている舞台&その舞台自体が推しと呼べるほど好きな演目)の宣伝をするため、人里に降りてきて所構わず銅鑼を打ち鳴らして回っています。いや別に。宣伝しないとまずいほどチケ売れてないわけでもないんだけど。ただ単に舞台が最高すぎて見てほしいので、朝から晩まで騒いでいます。
 
そんなこんなで、最近設置した質問箱にも、舞台のオタクからのご質問?ご意見?を頂くことが多い。
最近来たなかで「ホア…」って一番なったのこれ。
 
この間まで太一蘭推しだった髑髏党仲間が、ここに来てみんな廣瀬蘭に口説き落とされていて困っています。(特に廣瀬氏のブログが効いてる模様) もづさんの考える、廣瀬蘭のよさや魅力を教えてください。
(質問者様勝手に引用してしまってごめんなさい)
 
ブログが効いている……
ブログが効いている!!!!!!!!!????????????
 
その時オタクに衝撃走る。なにそれ異次元。でも言われてみりゃ「いやそりゃいるわ」の響き。
 
それで私も気づいたんですよ。
「もしかしてみんな…推しの近況を追いかけられる環境…好き!?」
 
いまわたし髑髏城の七人花鳥風月追いかけてるんですけど
season月から若手のいわゆる2.5系と言われる俳優さんたちが入ってきて、びっくりしたことがある。
ブログとかツイッターめっちゃ更新する。毎日してる。ほんとに毎日。嘘でしょ。ただ座ってボーッと見てただけの私でも疲れた〜って思いながら帰ってきてるのに。2.5系の子たちブログかツイッター更新するまで気持ちよく眠れないのかなってレベルで絶対更新するんだもん。すごいよ。鈴木拡樹くんとかもうこれ以上人格がきれいなところを見せないでほしいって思う密度のツイートが毎晩クール便でTLに届く。
 
もしも私が鈴木拡樹くんで、髑髏城ツーステやったあとツイッター更新しろって言われたら多分こんな感じ。
 
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もうむり
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いやーーーすごい すごいわ……体力じゃなくて気力勝負だよね。そもそも私だったら「この☆いらなくない?」みたいになって3日で「もうむり」だけ呟くようになると思う……。
 
無精者オタク。ブログは回ってきてもほぼ読まないので、定期的に目に入るのは鈴木拡樹くんなんですけど、冒頭の廣瀬くんや、宮野さんも毎日のようにブログ更新してるみたいですごい。
ほんと…すごいよ。すごいですよそのマメさとファンサービス精神。ほんとすごいんで、そういうところに惚れてるオタクのみなさんはガンガン誇ってほしい。「うちの推しめっちゃマメですよ」って。
 
そう。すごいと思うし本当に素晴らしいことだと思う。
 
なのに私、この推し情報洪水をもたらす俳優勢を見ていると「推しの情報量少なくて良かった」と安心してしまう。
 
考えてみると、私推しのことなんも知らないままだわ……。
推しの誕生日も覚えてない。多分九月。みたいなレベル。
推しの身長体重?とか(そもそも出てるのかな)公式プロフィールも覚えてない。
年齢もぶっちゃけ怪しい。(いま何歳かはわかるけど、何歳のとき何やって〜みたいなの覚えてない)
お米が大好きなことは知ってる。
 
単に私が記憶力がない説!ある!と思うんですけど、ほんとにね…あの…興味がない…びっくりするぐらい興味がない。
誕生日来たら「あっ誕生日かーーっ!」ってなって「生まれてきてくれてありがとーーーっ!!!」ってなるし、身長体重も聞いたら「え〜すご 神の意図を感じるな」みたいになるんだけど、推しにまつわる情報すべて素晴らしいから情報の細部まで見てない。
 
推しのことは舞台を見て射抜かれて好きになってしまって、当時男性の芸能人を好きになるという経験をしたことがなかった自分は「男の芸能人ってどうやって好きになるの」と混乱しながら推しの名前でサーチかけたり、オフィシャルサイト見たり、まぁそういうことしてたんですけど。将来の夢はペガサスだったとかそういう、「え!?」って情報がぽつ…ぽつ…と落ちてくるだけで、推し自身から落ちてくる推しの情報がぜんぜんなかったんですよね。 
FC会報とか舞台パンフとか、然るべき場所見ればしゃべってるけど。でもやっぱ推し、情報量少ねえ!!ってなった。
 
ところがどっこい私はそれでよかったんですよね。
推しの情報量少ないの気づいて、逆にほっとした。
 
推し、舞台のうえで情報量が多いので。私は頭のキャパシティ小さくて、舞台の上の推し(あるいはテレビや映画でお芝居をする推し)で手一杯なんで。推し自身の言葉とか、聞きたくないわけじゃないんだけど……聞けたら普通に嬉しいんだけど、それって本当に推しの原液だから、あんまりちょくちょく触れてしまうと恐れ多いんだよね……。
 
「お前それは推しじゃないよ」「オタクじゃないよ」って言われたら、まぁそうかも…とはなる。
でも……やっぱり推しが好きだし、推しの芝居を舞台のうえで観るとただでさえ壊れかけの脳がぶっ壊れてしまって「好き」「本当にありがとう」「こんなに美しくて石油王に攫われないか心配」などと言う機械になってしまうんですよね。(今はもう石油王に攫われないと思っています)
 
だから自分みたいなキャパ狭オタクにとって、推しはすごく相性が良い推しなんだなって思う。
 
推し…
ブログ更新しなさすぎて、最後のほう一言だけになって、2015年で更新止まってるのとか…ほんと好きで……
でも推しのそういうとこ好きって話しても他の人に推しの良さが伝わるわけではないかなって 理解はしてるので…
 
他の人はどう思うかわからないけど、私はたまらなく好き……。
ある種「推しの情報量が少ない」という「推しの情報」を愛しているのかもしれないですね。
 
余談ですけど、推しの情報が少ないと、たまに来るパンチの利いた情報で脳を適度に揺さぶれるのが楽しい。
 
私の推しまわりの、私のなかで好きな事件は「スリッパ事件」なんですけど。
ある日、推し出演舞台の演出家さんが、ブログに推しの話を書いてくださったんですよね。
内容を要約すると
 
すごい立ち回りや踊りモリモリ舞台の稽古にもかかわらず、推しがスリッパでやってくる。
足元が悪いだろうに、その稽古を当然のようにこなす。
 
……まあ、こんな感じの内容で。
なんでスリッパだったのか、実はわたしは知らない(遠征舞台だったもんで、その答えが掲載されてるらしいパンフ購入に出遅れた)んだけど、当時推し界隈のツイッター(私は僻地なので推し界隈の全容はまったく知らないです)はにわかに湧いた。
やだ〜スリッパで平然と稽古する推し。現実味がある〜。なんでスリッパなのかわからんところも推しっぽさがある〜。みたいな。当時の記憶曖昧なので多分ちょっともしくはだいぶ違います。ごめんね。
 
ていうか界隈っていうか、界隈は嘘。主語を縮めます。私が湧いた。
私の脳に「推し」「スリッパ」という情報がものすごい濃度で迫ってきて、突き刺さった。
頭がおかしくなった私は、推しを知らんひとも見てるツイッター「推し!!スリッパ!!」ともう要領を得ない興奮してたわけで。したらば当然のように、周りはこの推しスリッパ事件の詳細なんて知らないわけで。でも私、まわりが推しスリッパ事件の詳細知っているかどうかとかどうでもよくって。とりあえず「推しがスリッパを履いて天才なんだよ!!!」って言って回ってた。
 
推しがスリッパを履くと天才に見える。
オタクってそういう生き物でもあるのかもしれない。
 
そんなこんなで推しの情報量少ないほうがあらゆる面でいいなぁ…と思っていた自分。昨今、推しの情報量が多いほうが楽しいタイプのオタクをたくさん見て「脳のキャパが帝国劇場ぐらいあるんやろな……脳内でお弁当売ってる余裕まであるんだろうな…」「わたし…どう頑張ってもシアターサンモールぐらいしかないから…」って感動してる。
それでも私は、私なりにこれからも推しを好きなので。空の星を眺めて「星があるなぁ」「星…そこにいて天才だな」「しかも輝いてる…奇跡だ…」ぐらいのテンションで行こうと思います。
 
あのねでもね 推しね ほんとに私は推しのこと好きなんだよね。
静止しているかと思ったらエモーショナルな叫びを叩きつけてきたり、一挙一動、指先から髪の毛まで神経がめぐっているみたいに体が動いたり、目にも止まらないけど早いだけじゃなくって見せ方もわかってる殺陣とか、「殺した!いまほんとに殺した!」って思う殺し方とか、「あっいま死んだ!ほんとに死んだ!」って思う死に方とか、体重があるのかないのかわからなくなる踊りとか、和紙にぼうっと染み出してくるような独特の声とか。
他の人がどう思ってるかはわかんないし関係なくてさ、推しが好きなんだよねーーーっ!!!
元気でいてください!!!!出来る限り楽しく過ごしてください!!!!カテコ爆速帰宅はここまできたら貫いてください!!!!!
 
というわけで、そんな私の推し(早乙女太一)が出演して好き放題暴れている「髑髏城の七人の月〜ブログとかあんまり更新しない月〜」よろしくお願いします。
福士くんと三浦くんその他の皆様に風評被害をかぶせたことをお詫びします。
 
あと、同時にダブルキャストで上演している「髑髏城の七人月〜ブログとツイッター更新しまくりの月〜」もメチャ面白いので見てください。
 
☆★☆★☆★☆★☆★☆
宮野真守!鈴木拡樹!廣瀬智紀!
舞台の上でも情報量がメチャ多い!
最高エンタメなのでオタクは今からでもチケットを取って!!!
★☆★☆★☆★☆★☆★
 
月髑髏始まってから鈴木拡樹くんにごめんなさいを言うことが多すぎてもっとちゃんと反省をしたい……。
 
鈴木くんのあまりに隙のない努力と「己の魅せ方」への追求に恐れおののいています。
絶対絶対絶対絶対今以上に売れて、あと蛮幽鬼再演のあかつきにはサジと名乗る男になって大暴れしてください。もう私には鈴木サジばんゆ〜きの「ワッツニュー!」が見えてるので、あとはチケットを買うだけです。
 
ちなみに、噂を聞いて以来こわくて廣瀬くんのブログ見てなかったんですけど、さっき初めて覗きにいきました。
いっぱい書いててすごいんだけど「このひと…あのハードな公演こなしたあと、こんなメルヘンOLのごときブログを執筆しているの…?」と思うと狐につままれた気持ちになりました。たぶん一回のブログだけで推しのブログ(廃墟)一年分の文章量があるとお見受けしました。(検証はしてないです)すごいなほんと。
 
健やかであってほしい……廣瀬くんの筆致……。

陽光と陰の物語 髑髏城の七人月〜下弦の月〜 1/8感想

ここまでのあらすじ!
わたしはNOT宮野真守のオタク!(上弦天の中の人と髑髏城という芝居のおたくをやっています)
 
再放送なんですけど宮野真守のオタクのみんな!チケットは持ったか!?行くぞ!!!!
 
宮野真守のオタクが月髑髏観ないとしたらあまりにも「最高を体験する機会の損失」すぎて私が泣いてしまうので、もしまだ観劇予定のない宮野真守のオタクがいたら絶対絶対チケット買ってほしい。もちろん、下弦に出ている全ての役者のオタクに見てほしいんだけど、やっぱり宮野真守オタクへの「見てほしさ」がぶっちぎっている……。
 
13000円!?タダだから!!!
4時間!?5秒だから!!!
市場前!?市場前は…正直荒野!!!
みんな!!水は豊洲のセブンで買って持ってこようねーーーっ!!!!
 
いやーーーーわかるんですよ……
お芝居ってお金とかタイミングの問題とか、おまけにそこでしかやってないものだから距離の問題もあって、ハードルが高いのはわかるんですよ。私もそれなりに色々なものを犠牲にして今豊洲に通っているので……。
でも、今この時、この年齢のその役者しか出せないものがあるんだ。もしかすると「見たら合わなかった」があるかもしれないんですけど、それでも強く私が勧めるのは「見なかった後悔」は「見た後悔」よりはるかに大きいと断言できるからです。
映像として残すことができても、映像は映像であって「その時やっていたお芝居」ではない。お芝居は生き物だし、情報がそこかしこに散らばっているから、都度都度私たちが「何を見るか」でまったく違ったものになってくる。
 
あなたが観るお芝居は、あなた以外の人間が観ることのできないお芝居なんですよ。
だからあなたにこのお芝居を観てほしいんですよ。
 
観て「おもしろくなかったな」の後悔は数日で忘れるけど、「観たかったな」の後悔はずーっと引きずるんです。私は髑髏城の七人2011をこの目で見られなかった後悔を数年引きずりつづけ、花髑髏くんと鳥髑髏くんに「もういいんだ…休んでいいんだよ……」と抱きしめてもらうまで髑髏のオタクとして眠れない日々を過ごしたんだ。
まあ今は月髑髏くんに「寝てる場合かオラッ!チケ増やせ!」とビンタされてるけど。
 
わたし宮野さんのオタクじゃないので、ファンの皆様方がどのようなものを求めているのか、どんな彼を見たいと思っているのかはわからないんですけど、オタクじゃない私が見て「完全に最高」「最高を超えた何か」「最高が宮野真守すぎる」と脳味噌をぐちゃぐちゃにしているので、何がなんでも見てほしい。
 
というわけで、もしこの文章を読んでいる未見のオタクがいたら、こんなブログ読んでる場合じゃないんで!!閉じて閉じて!!(ローチケを)開いて開いて!!
あっもうURL貼ったほうがいい!!??
はい!!!!はい!!!!!!はい!!!!!!!!!!!
 
(ローチケに飛びます)
(もちろんここから買っても私になんの金銭的利益も生じないから安心してください)
(チケット取ったらこのブログなんて閉じて 存在を忘れて 髑髏城への知識をシャットダウンして 知識ないほうがおもしろいから)
 
お願い!!お願いだよ!!せめてライビュ見てほしいよ!!
わたし宮野真守の回し者じゃないんで!!大丈夫なんで!!信じて!!
もうほんっとーーーに最高なんだよーーーー!!!!!!!!!
 
こんな辺境ブログ読んでるかもわからんような未見の方々に訴えまくってしまった。すべての宮野真守オタクのみなさんが髑髏城見るまで騒いでいくつもりなのでよろしくお願いします。私は宮野捨のなんなんだろうな……
 
下弦髑髏くんの感想をはじめます!!!
 
上弦観劇が続いていたので、久しぶりの下弦登城でした。
は〜…やっぱめっちゃ観やすい……上弦はもう見てる間「何が起きるんだ」ってハラハラして胃が痛いので、下弦は良い意味で安心して観れて胃腸に負担がかからない。もう私的にはリゾットレベルで優しさ感じる。下弦髑髏くんは…やさしいね……好きになっちゃうよ…嘘…もう好きになってる…ちょ〜〜好き……。
 
キャストがステアラと髑髏に慣れてきて、遊んでもいいんだ!みたいな開放感を持ってくれたのかな。前見たときよりもさらにのびのびとお芝居をしてくださっている気がしました。
 
いやーー上弦好きなんだけどさ 上弦大好きなんだけどさ
でもやっぱり、圧倒的正義 vs 圧倒的悪 胸がスッ……とするよね。
いけぇ〜〜っ!!しゅてのしゅけぇ〜〜っ!!!がんばえ〜〜〜っ!!って脳死でミラクル髑髏ライト振れちゃいそうなテンションで見てられるので、終わったあとも「あーっ捨之介天魔王倒してくれてよかったー!」みたいな感想出てくるもん。まあ数十秒後には「でも天魔王様だっていろいろ考えてたし辛かったんだよぉ…」ってべそかいちゃうんだけどね。
 
上弦はものすごく、光量が少ないんですよね。なんじゃそりゃって感じだけど、光の含有率が少なくって、みんなわずかな光を希望にして、なんとか生き抜いている気がする。でも下弦は生命力が強くて、捨も天も強烈な、違う色の光で舞台のうえに立っている。だから、上弦は「月」そのものって感じなんだけど、下弦は「太陽の裏にはいつだって月がある」みたいなイメージだな。
 
捨にとっての天魔が月でもあるし、捨のなかにも太陽と月がある。逆に霧丸みたいに、最初は光を拒絶していた子が、最終的に捨之介の光になっていくというカタルシスも、下弦のほうが強いように感じました。強烈な陽のエネルギーと、だからこそ後半で落ちる陰の濃さが引き立って、胸が苦しくなる。このコントラストが下弦の魅力だと思う。(そして上弦は、終始陰が濃いがゆえに、差し込む僅かな光が強烈に美しい瞬間があるんです)
 
二回目を見て、ああここからまだまだ、もっと良くなるんだろうなぁ、と感じたので、次がいつになるかはちょっとわからない…んですが、本当に楽しみです。下弦のことは、ガチンコ張り付きでは追いかけられなさそうで、ほんとに残念なんですけど……それでも、ちょっとずつだとしても下弦に立ち会えて、下弦を見せてもらえたことが嬉しい!
 
こんなこと言ってるけどいざ観に行ってしまうと「もうこれ以上宮野出てこないで私の脳内のローチケをアクセス過多でパンクさせるのはやめて」って呻くし今も下弦のローチケ眺めながら「は…はやく誰か買ってくれ…私が観に行っちゃうから…」って呻いてる。早く買って。私は腰をやったので医者に長時間観劇止められてるんですよ誰か俺を止めてくれ……(実話)(やめてない)(果たしてドクロイヤー終了までこの腰は持つのか!?)
 
以下、いつもどおり個別の感想です〜。今回は一部にパワー偏ってしまった……。
 
■捨之介
ちょっといい加減にね、最高以外の言葉でね、感想を書きます。
行くぞ~~~~
 
最高でした!!!!!!
 
言わずにいられるか。最高だったんだよ。最高が最高を越えて最高になってたんだよね。
まず太ももがね、太ももが主張激しい。太もものほうが自分から見られにきてる。太ももと目があう。あっ私、いま太ももにファンサもらった!!!って思う。とにかく太ももが乱舞してるしふんチラも惜しげなさすぎてふんモロじゃん!!!モロふんどしじゃん!!!って脳味噌がボロボロ。
 
みんな!太ももからファンサをもらえるのは髑髏城の七人月〜下弦の月〜だけだぞ!!!
嘘だ!風もめっちゃ太ももファンサくれてました!!
 
このまま太ももの話で5000字ぐらい書けそうなんですけどさすがにやめます。
 
1回目見た時は「捨之介という概念そのもの」ってむせび泣いたけど、今回見たら「ああ…でもこれ宮野真守の捨之介、というひとりの人間だなあ…」と強く強く感じた。
花のわざと陽気を装って自分を奮い立たせている捨とも違う。風の純朴であったかい、土の匂いの捨とも違う。よく笑いよく怒り、色とりどりの感情をたくさんたくさん見せてくれる捨之介。そこにいるだけで、場の空気がぱっと変わってしまうような魅力に溢れていて、そうだよなぁ〜〜捨の強さってこういうとこなんだよな〜って思う。純粋な腕っ節、刀さばきじゃなくって、魂の持つ魅力こそが捨の強さ。スピリチュアル案件ではないですよ!!!
 
やっぱり彼は、歴代捨に比べると善を信じすぎている明るい男だなという風に感じるんですが、救えない闇もあるということはどこかでわかっている。けれども、それに触れてしまうと自分が揺らいでしまうから、自分が揺らいでしまうと助けられるものが助けられないかもしれないから、葛藤もあるけど笑おう明るく振る舞おう、としている気がするかな。ただ花ほど自分を取り繕うというわけではなく、もう少し気楽に立ち振る舞っていると思うんですけどね。
 
信長は彼のそういう、飾らない魅力を買って「地の男」としたんだと思うんだけど、それを天魔は「天を知らない男」という風に解釈しちゃってるんだよね。でも天魔も、やっぱり捨の強さを知ってたと思うな。蘭より捨を怖がっていると思いますよ。月髑髏は捨之介と天魔王の物語だから。
 
あっでもね 二回目観たらね 弱点もあるなと思った
あのね!!!前列で観るとね!!!!!さすがに一幕がクドい!!!!!!!!笑
 
もうほんと小芝居の情報量が多くてね、顔だけじゃなくていろんな動きするから、待ってwwwやめてwwwちょっと止まってwww止ま……顔も止めてwwwww勘弁してwwwwってなる。宮野捨一回見ちゃうとずっと追いかけちゃうから!!!勘弁してほしい!!!わたし霧ちゃんのことも見たいんだよ!!!!!wwwww
10列目~以降から見るぶんには問題ないので、特に直してほしいというわけではないです!!!
 
でも、宮野捨の真骨頂は小ネタ仕込みの多い一幕より、二幕だと感じるなぁ。ネタ仕込む余裕もなくなって、肉体もやっぱり疲れてきちゃって、それでもぐらつくことなく芯を通して芝居をしてくれるので、二幕がめちゃくちゃ魅力的なんですよ。ていうか、なんなら髑髏城脱出後からが本番だと思ってる。ここまで引き絞っていた陰を一気に解放して吼える宮野捨。ここ観るたび「この五分に13000円払ってもいい」って思っちゃうんだよね……。
 
天魔王が飛び降りたあと、崩れおちて、目線はいつまでも天魔が飛び降りた先に囚われながら霧丸に引きずられていくところが、あ〜〜ここ、このシーン、このために月髑髏があるといっても過言じゃないんだよな〜〜〜……。
私は髑髏城において「変わらないものは変わらない」という残酷なメッセージを突きつけられるのがすごく好きなんですよ。
 
だってあれだけ頑張った七人も、歴史に残ることはなくって、別に七人の戦いが後世になにかを残すわけじゃないんですよね。もしあの七人が天魔王を止められなかったとしても、多分天魔は家康に倒されてたんじゃないかな。天魔はどうやっても天下は取れなかったと思う。
 
変わらなかった天魔王。変えられてしまいそうになる捨之介。物語の終盤に差し掛かって、急に物語の構図がぐるんと回転するようなあの関係性の変化は、月髑髏しか持ち得ないものだ。そしてそこから霧丸という、「変わったもの」が捨之介を止めてくれるのがね…アツすぎるよね…。おまけに月の捨之介は「名前を捨てない」。彼は己を変えられてしまいそうな巨大な陰に翻弄されても、踏みとどまって「変わらない」ことを選ぶ。宮野捨は特に、この変化の振り幅があるので翻弄されているという状態で引き立って、緊張感があるのがいいですね。緊張感からの解放と共に、本当の終わりに着地する物語の気持ちよさときたら!
 
やっぱり、髑髏城は捨之介の物語なので。
捨之介が本当にしっかりとしていて、物語のなかで己の役割をまっとうして、生きることを自分から選んでくれる下弦、捨之介オタクとして好きだなぁと思います。正直初見は「なんで天魔を殺しにきてくれなかったんだ」って辛かったし、あ、いやこれは今でも辛くて(ごめん)、私としては元に戻して欲しい気持ちはあるんだけどね、月はこれでよかったんだと思います。
 
でも宮野捨 客席にめっちゃ話しかけてくるのやめてくんない!?
無理だから!!集中できないから!!あなたなんなら話してなくても顔が話しかけてきてるから!!!!!!
 
は〜〜〜 好き!!!!
 
 
■天魔王
上弦のどぶろくみたいな天魔王見慣れてると、下弦スッキリ爽やかサラリとした梅酒でありがてえ〜〜〜っ!!!!飲める飲めるこの天魔王いくらでも飲める!!!天魔王は飲み物!!!
 
脳壊れてるので(周知の事実)、上弦天魔のこと「てんまぴゃ」と呼びがちなんですが、下弦天魔のことは「てんまお様…」と畏まってしまう。畏まっちゃわない!?あなたも私もみんな生駒!!天魔王様のために刀を首に刺して死のう!!!!こんな人間性の低い言動をオタクにさせるためにすずきひろきくんはお芝居してないと思うんだよね。ほんとごめんね。人間性が低くて…。
 
どうでもいいけど冒頭のお着換えシーンエレベーター乗り込んで出てくるみたいでフフッてなってしまう。
 
(^o^) < 天魔王様下の更衣室入りまーす!!!シュンッ
…………チーンッ
(^o^) < 天魔王様お着換え終わりましたーーーっ!
 
死のエレベーターじゃん。取り潰してどうぞ。
なぜてんまお様の感想になった瞬間急にバカが増してしまったのかわからないんですが許して。
 
上弦のバブ見たあとだと下弦天魔王様ちゃんとカリスマあってえらいしすごい。
こっちの天魔王様は、ほんと国盗りとか政治が好きそうなので、なんなら殿への愛着は上弦>鳥>>>下弦なのかもなぁ。最後まで蘭の話されたことに対して怒ってるのも、「こんな時までオンナの話!?まじめにやれよクソ!!」って思ったのかもしれない。職場恋愛とかほんとはヤなタイプなのかもしんない。そうだよね…上司と付き合ってる同期…扱いに困るよね……会社倒産で「俺の給料ちゃんとでんの!?」って思ってるときに「蘭(同期)に退職金を…」って言われたら「俺は〜〜〜!!??」ってなるよね。サビ残したのにね……。
 
いや多分そういうことではないと思う。
さすがにそういうことではないです。すみません。
 
上弦がぶっちゃけカリスマ性に欠けるので(できないからみんなやってよーー!!って投げたら周りがやってくれちゃうタイプ)、下弦天のカリスマ性・悪としてのキャラ立ちの仕方が気持ちいい。この天魔王様は二万人集めて率いて国盗りできるよね。捨天別役系列だと一番カリスマ性あるかもと思っちゃう。ほんと頭良さそう。ちゃんと手紙読むし。手紙破らないし。ぐずらないし。いやぐずるのは上弦天ちゃんがょわょわすぎる。気をしっかり。
 
すずきひろきさんほんと憑依しすぎてて、天魔の御霊降りてるので、一幕見終わったあと「すずきひろき出てた?」ってなるじゃん。
二幕見終わって「すずきひろき最後まで出てこなかったな…」ってなるじゃん。
カテコ始まるじゃん。
 
「……あれっ!?すずきひろきいるな!?」ってなる。
 
もうこれ二回繰り返してる。わたし多分月髑髏完走しても「すずきひろきくん出てた?」って言ってるから。すずきひろきくん出てた?わかんない…出てたはずなんだけど…どこにいたのか……。
困る…月髑髏が終わるまでに蛮幽鬼の再演告知チラシ挟んでくれないと困る…サジ:すずきひろき の文字印刷して挟んでくれないと……。
(サジとは!?笑顔を絶やさない凄腕の殺し屋※キャスト堺雅人さん のオタクが死ぬほど好きなキャラのことだぞ!!気になった人は蛮幽鬼見てね!!)
 
サジ:すずきひろきが見たすぎてアンケートに書いたからね。堺さんしばらくは難しいかな、そうすると再演するにしてもサジやれる人材がな…とか思ってたんだけど、すずきひろきくんさんが新感線の村にやってきたので、こうなったらサジやってオタクの村という村を焼いてもらわないとな…って目をつけてる。かわいそう…すずきひろきくん…変なオタクに目をつけられて……。
 
というわけで、私のこの怨念かなって蛮幽鬼(サジ:すずきひろき)が叶ったら絶対絶対見に行きます。
その時は多分こう言うね。
 
「すずきひろきくん……出てた?」
 
ダメすぎ。
 
■蘭兵衛
ええ…わからん…わからん城のわからんseasonわか蘭……
一回目見たとき「よくわからん…」となったので「二回目観たらわかるでしょ」と思ってたんですが、二回目観た結果「いやもう全然わからん…」となった……。もう三回観ても四回観てもわからない予感がする…。
 
ちゃんと強いんですけど、上弦のみうらんがあまりにも作画:さいとうたかお なので、下弦の作画:高屋奈月 のひろせ蘭が儚げでふわっふわに見えてくる。おい騙されるな!!!そいつメンヘラ殺戮マシーンやぞ!!!!!オタクはす~ぐ蘭兵衛に騙される!!!!!!
 
うーん なんか言おうとしてもわからん…というところに終始してしまうなぁ。
正直、私は蘭のクソチョロオタクなんで大体のことはオッケーオッケー好き好きらんべさんイエ~イ!で流しちゃうんですけど、下弦蘭は初めて…蘭を肯定的に見れていなくて申し訳ないんですよね…。
 ※ここからちょっと肯定的ではないうえ、クソ長めんどくさオタクの意見になるので、不要なようであれば読み飛ばしてください。
 
前提として、シーンのひとつひとつとしては好きなんですよ。そう…好き…好きなんだよな…だからこそ腑に落ちなさがある。
基本的に「蘭兵衛」の制約に縛られず、役者さんは好きにやればいいと思うんですよね(上弦蘭とか、あて書きじゃないってのにほんと型破りでおもしろいし。クセは強いので好き嫌いはあると思うけど)。ただ、個人的には、蘭兵衛という人物において絶対破ってほしくないルールがあって、それは彼が「外道」であるということなんですよ。
 
天魔王は「非道」だけど 蘭兵衛は「外道」。それは蘭の性別が変わろうとも動かない蘭という人間のコンセプトだと思うんですよね。
下弦で戸惑ったのは、蘭が天魔を越えた「非道」の悪人に見えてしまうところ。
なまじ天魔のほうがクレバーでやることに筋が通ってるのも手伝って、蘭が外道っていうかもう非道に見えるんですよ。
 
天魔と蘭がどう違うかというと、天魔は「その道が間違っている」ということを認識しないまま悪の道を行く人なんだと思うんですよね。2011のゲキシネ版パンフで未來さん(2011天魔王)が書いてるんだけど「時代観から見たら、勝ったほうが正しいという世界なので、天魔王は悪ではないという見方もある」んですよ。天魔王は、それが悪いことだとは思っていない人。
でも蘭は違う。「道を外れる」と書いて外道。ということは、正しい道に則ったうえで、「外れる」ことを選んでいる。蘭は「それが道理に反している・倫理を越えている」とわかっているし、その痛みや重みを認識したうえで、落ちていってしまう人だと思うんです。
 
だからね、彼は基本的に「自分で選ぶ」子じゃないとだめだと思うんですよね。
もちろんそれを逆手にとるアプローチもあって、例えばアオの蘭なんかは完全に強すぎる天魔に流されて落ちてしまって、でも落ちきれなくってあわあわしてて、なんか迷った末に捨之介の牢屋に花投げこんだりするし(いやさすがに可愛すぎるにもほどがある?なんだ?どういう意図だ?かわいいぞ?)、そういう不安定さで一貫するのもひとつの手だなーとは思ってます。
 
下弦蘭が(私のなかで)しっくりこないのは、その不安定さで進んでいくのかと思ったら、二幕口説き以降で歴代ナンバーワンなんじゃないの?ってぐらい非道な男に成り代わっちゃうところなんだと思うんですよよね。
ど、ど、どうしてそうなった!?情緒不安定!?やっぱり…命の母いる!?
 
鈴木天魔はカリスマ性に溢れてるし、諭されて落ちてしまうところまではわかるんですよ。ただ落ちてしまってから一気に非道に落ちきって、一切の情をまわりにかけなくなるので、蘭という人がわからなくなってしまう。
一幕の彼は仮初だったのかな、と思うけど、それにしては優しすぎるんですよね…。あれだけ優しかったいい子が、ここまでの非道になってしまう。嵌ればインパクトある振り幅なんですが、逆に納得させるだけのパワーがないと、腑に落ちない感が強まってしまうというか。蘭という役柄の難しさはここにあって……。
ま〜ぶっちゃけ鳥蘭とか…振り幅がデカかったせいで序盤は「力押しで乗り切った」感強かったんですよね(中盤から軌道を修正して最終的にはとんでもサークラに落ち着いたんだけど…)(鳥蘭のこと大好きだよ!!!)
 
ピースとしてはすごく良いものが揃っているんですよ。それを束ねる芯が見えづらいせいで、ものすごく損してしまってる気がする。というのが現時点でのイメージかなぁ。一回目のほうがまだ像が見えてたかもしれない。
観てる時は派手だな~って感じで、瞬間的な麻薬めいた楽しさはあるんですが、見終わったあと「で、彼はどういう人だったんだ?」って言われると……うーん……となってしまう。初見の人のほうが逆に先入観無く見れるから、納得いくのかな。髑髏城見すぎてると逆にいらんところで頭が固まってる可能性も高いので、初見で見てみたかったですね…
 
上弦蘭も正直クセ強くて、下弦とは逆に解釈の余地を与えないというか、頑固おやじが「うちには醤油ラーメンしかないけど?」みたいなノリでやってるラーメン屋さんって感じなんで、人によっては合わない気がしてるんですが、下弦蘭はこう…カレーとシチューが出てきて「はいポトフ」って言われてる気分になる(?)わかる原材料はだいたい同じ…カレーもシチューも好き…でもそれをポトフって言われると…ポトフ…ではなくない!?カレーもシチューも好きなんだけど一気には食べづらくない!?
複数回観ればカレーとシチュー!合わせてポトフ!!と思えるのかもしれないけど。今の私はカレーとシチューを混ぜながらわからん…これがポトフ…なのか…?とスペースキャット顔になっている……。
 
誤解を招いていたらとても嫌なので重ねて申し上げたいのですが、嫌いだとか、下手だとか、そういうことを言いたいわけではないんですよ。むしろ、どの部分も感情が載っていて強烈で魅力的な分、糸を手繰るのが難儀になってるように感じる。もったいないなぁ もったいない…という気持ちが…強い…。きっと役者さんがサービス精神にあふれた方なんだと思う。
自分のなかにもう少し解釈の引き出しがあれば、うまくつなげてあげることができたかもしれないんですが、やっぱりどうにも繋がらなくって。。
 
おそらく、今のところ私がこうなのかな、と考えている像としては。下弦蘭のテーマは「抑圧と解放」なのかな。
前提としては、自分のことがすごく「好きだった」子なんだと思う。それがいい子を演じよう演じようとしていて、それで変わろうとするほど、己の中の歪みが見える。醜さばかりが目につく。己の中の醜さよりも、その醜さを取り繕おうとしている自分が美しくなくて嫌。いい子であろうとすればするほど、本人としては落ちていく感覚があったんじゃないかな。
 
だから抑圧されていた本質を解放するタイミングを与えられて、一気に弾けてしまう。彼は自分の美しさを知っている。残虐な自分が美しいという自覚があり、本質に立ち返った自分こそが、己にとっても最も愛しい。もしくは、信長に寵愛された部分なのかもしれませんね。そう考えると比較的クレバーで冷静な天魔が残虐性に走ったのもわかるかも。下弦においては、天魔が蘭の真似をした、という可能性もあるようには感じます。線として濃くはない、妄想の域をちっとも出ないお話ではありますが。。
 
うーん これなのかなーという気がするんですが、多分これだ!と大きな声で言うには、やっぱり決定打が足りないですね。いま盛りまくってるところなのかな…同じ振り幅勝負だった鳥蘭も序盤は盛りまくりだったしな…ここから少し削いでくれた方が私はわかりやすくて好みです。結局わたしが馬鹿なんじゃないのか?という話、大いにあるよな…馬鹿でごめん…
 
でも箇所ごとで観ると、本当に好きなので…
あの穏やかな前半からドスの利いた低い声出るところとても好き…
黄泉の笛で素早いだけでなく、跳躍がものすごくふわっとして良い意味で重みがないところも好き…
ま~~あとさすがにビジュアル良いよね…花鳥風月で一番愛され感出てるし殿もそりゃ天と蘭なら蘭可愛がっちゃうよねって…コラーーッ!!!天魔もちゃんと可愛がれ!!!!
ノッブがちゃんと愛してくれなかったからあんなファンデ厚塗りになっちゃったんだぞ責任を取れ!!!
 
あまり良くない意見を書いてしまいましたが、好きな部分も多くあり、だからこそどうしてもあとひとつの歪みが気になってしまう、という気持ちでいます。芝居とは直接関係ないけど、毎回ブログの更新早くてすごいね……帰り道入ってすぐ書いてるのかな?若いっていいな…体力があるな……もう完全におばさんの気持ちで見てる……。
 
 
■霧丸
あ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
きりちゃん…きりちゃん…きりちゃん;;;;;;;;;;;;;;;;;;
 
TLにだんだんと増えていくきりちゃんおじさんを訝しんでいた昨日にバイバイ!!!
こんにちはわたしがきりちゃんおじさんです!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!
 
上弦に比べるとしょうじき下弦のほうがちょっと拙い部分目立つんですけど、霧丸に関してはそこが愛らしさにつながっているので、良いなあと思っちゃいます。(もちろん上弦は上弦で、お芝居の手堅さが賢さにつながっていて素晴らしいです!)
 
最後のね…捨を救い出して、捨てるのは楽じゃねえなって笑いあったあとにね。霧ちゃんが金に寄っていって、もう一回振り返って、捨之介が笑っているのを確認してからほっと微笑むんだよね。あの一連のやり取りを見て「まって」「むり」「尊いのオタク三段活用をうっかり使っちゃいましたね。まってむり尊い。ほんとむり……霧ちゃん;;;;;;;;;;
 
霧ちゃんの純粋さがね、すごく好きでね…だからこそ辛かったよね…歪んじゃうよね…そこからよく立ち直って、強くなったね、ってもう授業参観だから。わたし、霧ちゃんの授業参観にきてるし、わたしの横で捨がビデオカメラ回してるから。わたしと捨を鬱陶しがって霧ちゃんは授業参観のプリントを出してくれなくなっちゃうんだけどね…何の話これ。
 
上弦が、著しく成長したゆえの、賢さを得た立ち回りで捨を救う、のに対して、下弦は純粋さと「絶対に死なせない」っていう思いのパワーで捨を救うのがいいなぁ。捨霧に年の差があるので、霧ちゃんという子供のひたむきさが、捨をどろどろした思惑の闇から引き上げてくれる心地よさがある。のでやっぱ私は、上弦:鳥沙霧 下弦:花沙霧 に近しい気がしてる。
 
あと下弦霧ちゃんイキりまくっててかわいいね…この霧ちゃん上弦にいたら蘭兵衛さんの舎弟になっちゃったんじゃないかなって思うけど。もう蘭出て着た瞬間にかかかかかかっけぇ〜〜〜!!!!ってなってしまったかもしれない。おそろいの着物とかきちゃったかもしれない。やめて霧ちゃん。派手な紫柄シャツ真似するのやめて。それゴリラ専用戦闘服だから!!!!
 ※もづやまはみうらんべさんを心から応援しています
 
見れば見るほど霧ちゃん好きになっちゃう。発表時は沙霧オタクとして失神するかと思うほどショック受けて、マジで…マジで……この際他の変更とかもうなんでもいいから沙霧だけは返して…ってむせび泣いてたんだけど……今はオタクニッコニコで霧ちゃんに家庭用ビデオカメラを向けています。だから言っただろ!?オタクの手のひら返し!電光石火より早い!!!!霧ちゃんイエ〜イ!!霧ちゃんイエ〜〜〜イ!!!!!!!
 
もう一回脳死で!!
霧ちゃんイエ〜〜〜〜〜〜〜〜イ!!!!
 
■兵庫
実はわたしが下弦で一番すごい…評価されてほしい…と思ってるの木村兵庫なんですけど、いざ見ると感想が書きづらい。あまりにもナチュラルに兵庫すぎて、非の打ち所がなさすぎて、書くポイントがないという…。でもほんと、下弦MVPだと思ってる。
 
前も書いたけど、兵庫がしっかりしているかどうかは髑髏城の屋台骨を揺るがすほどの重要事項なので。
兵庫は「名もなきもの」の代表なんですよね。本当に因縁もなにもないのに、自分の身ひとつで因縁に飛び込んでしまう。そしてさらに「武士を名乗ってすらいない」いん平まで引き込んでくるわけで。兵庫・いん平の和解・協力の流れが、わたしとしては一番髑髏で泣いちゃうポイントだな。髑髏城という物語のコンセプトを牽引しているのは、兵庫なんですよ。
 
髑髏城、四時間に渡る緊張と緩和の繰り返しで、正直見てて疲れる芝居なので。兵庫がきちんと「緩和」のポイントを作ってくれることによって、ぐっと見る側の集中力があがるんです。
だから、下弦が観やすい理由の大きなひとつには、兵庫の貢献があると思う。というか、なんならここが核でさえある。
 
木村さんいいなぁ。また出てほしい……。
 
■極楽
また見てるあいだ年齢忘れてた……。
極楽はなあ。極楽もなぁ、なんか、もしかして私たちが見ていた極楽ってぜんぶ真実じゃないかも、って思っちゃうんですよね。あの人、ずっと無理して気を張って、自分を演じているように見えてくる。上弦極楽がとても自然体で飾らないから、なおのこと。
 
最後だって、彼女は死のうとしているわけじゃないですか。
あんなに明るく振る舞っていて、捨之介に笑いながら「あんたは生きなきゃ」と諭した極楽だけど、その内側ではもう死のうと考えていて。最後さ、兵庫に言い寄られる手前、女たちの髪を額に当てて泣きそうな顔してるんだよね。でもそれ、みんなが見てるところではやらないし、ほんとにひっそりやってるの。
 
それが彼女なんじゃないかな、と思ってしまう。
ずっとずっと、最後の最後まで「極楽太夫」というシンボルを演じきっているけど、中身はとても弱くて脆い女性。誰にも弱さを見せられないまま、年を取ってしまったんじゃないかなぁ。
 
そう思うと本当に切ない。上弦・下弦共に、とてもクセが強い極楽が出て着たと思うんだけど、若い子たちが多い月髑髏の物語のなかで、極楽がある種人生を諦めてしまえるような年頃の人間になった、というのは面白いですね。辛いんだけど…上弦下弦、どちらも好きだな。
 
 
またこうして長文を書いてしまった…。
上弦・下弦をこうして交互に観ると、心から「どっちも見てほしい」って思ってしまいますね。
チケット代高いし豊洲は遠いし座席ガチャ状態だし、気軽に観れるわけではないとわかってる。あれだけのコストをかけるなら、やっぱ推しが出てるほうが見たいとか、あるよな〜あるよ!私もやっぱり推しがいる方を多めに見ちゃってるし。
 
でも、一回だけでもいいから、ライビュでもいいから、上弦のオタクには下弦を、下弦のオタクは上弦を、見てほしいよ。
片方にしかない魅力があって、まぁ、片方にしかない欠点もあって。でもそういうのをここまでの装置・環境を揃えた状態で見比べられるっていうのは、お芝居のオタクとしてほんっっっとうに贅沢させてもらってると思うんです。こんな楽しいおかわりある!?!?最近ローチケからの請求見ても「いつの?」みたいになってるからね!!!
はいはい過去のチケも来月の請求も三途の川に捨之介捨之介!!
 
もちろんどちらか片方を見て貰えただけでも嬉しい!
でも、もしも髑髏城という物語を気に入ってくれて、また別の角度から見たいと思ってくれたなら、やっぱりもう片方のお月さまも見上げてみてほしいですよ。あのチラシのコピーなんなんだろな。「君はどちらの月を見上げるか?」みたいに書いてあったけど、うちのTLの髑髏党員たち「どっちも観るだろ」って血気盛んにスタンバイしてたからな。
「君はどちらの月を何回ずつ見上げるか?」に修正してくれてもいいですよ。
 
もうね これで髑髏城が最後かもしれないから。
何があるか本当にわからないんですよ。生きてる人間がやってることだから。もしかしたら明日、もう公演がなくなってしまうとか、そういうことだってなくはないわけで。
だから、今この時やっているお芝居をどうか見に来てほしい。難しければライビュでもいい。
そして花鳥風月のゲキシネかかったらゲキシネ見て。あっあとイーオシバイのほうで過去髑髏のDVDあるんでどうですか!?
 
贅沢言いましたすみません。
 
金を捨て時間を捨て腰を捨てて拾ったチケットだからね。安くはないからね。でも蘭もそう言って乗り込んでいつもあっさり籠絡されてるからね。髑髏城はいつだって俺たちに「チケットを増やせ 惜しむな」ということを教えてくれる。
 
大切なことはいつだって…髑髏城が教えてくれたんですね……勉強になります……。(これが結びの文なのほんとに良くないと思います)
 
 

地獄を知る者知らない者/髑髏城の七人月~上弦の月~12/17・24ソワレ感想 

 
上弦の月三回目観てきました。
とかいってるうちに四回目も見ちゃったのでその複合で感想を書いています。髑髏の感想はやっぱエネルギー要る。
 
上弦を立て続けにキメました…… 
いいたいこと しぬほど ある…

とにもかくにも見るたびに違う芝居になっているので困っています
太一天魔王三人目とかいう響きに「ま~た増えたの!?」と笑っていたが、このペースで三人目って。何人増える気。LDHに入って分身の術も会得したんかな…あの鎧全部早乙女太一入ってるんじゃねえだろうな…(とかいってる間に12/29公演で四人目になりつつあるとの話題を観て頭を抱えています)
どうでもいいよ太一天魔王だけで城燃やしチューチュートレインする話は。

あのねーーーまず、月から髑髏党入りした皆様にお伝えしておきたい。
この花鳥風月髑髏っていうのは、いったん死に向かいすぎてた髑髏を生に向けてリセットする方向性で始まってたんですよ。
鳥で成志さんが言ってただけじゃなくて、もう花見た瞬間、びっくりしたんですよね。あっ軌道を変えた!生きていく物語になった!痛みを覚えて苦しんだとしてもそれ以上の喜びを抱えて生きていく物語になった!と。

2011年版髑髏とか今見るとびっくりする。死ぬために生まれてきた登場人物たちが死ぬために暴れて、当然のように死ぬ。残された捨之介もボロボロで、たいした希望もなくて、ここでは死なないだけでいつか死んでしまうって言われても納得がいく。
それが、花鳥風月ではだいぶ方向性も転換されて、最終的には生きていくことへの喜び・救済と光に掬い上げられる捨という物語になっていたんですよね。

そのラストが月であることをね…
私は……恨みますよ…………鬼悪魔いのうえひでのり中島かずき…大天才
 
「辛い。苦しい。でもそれを上回る喜びがあるさ。生きていこう!」って髑髏の物語が、最後の最後で「辛い。苦しい。それでも生きてかなきゃいけない」というものに変貌したこの空気感。花~風で生の喜び髑髏に甘やかされまくった身には劇薬すぎる。特に上弦!!!お前だよ!!!!お前お前ーーー!!!!下弦くんも下弦くんだからちょっと二人で廊下に立ってもらっていいですか!!!!???
 
鳥の時にね、なるし~さんが「滅びの美学みたいなものに傾きすぎている」と仰っていて。確かになぁ、そうだよなぁ、と深くうなずき、事実それが拭い去られた鳥髑髏はめちゃくちゃ私に刺さったんですよね。死や過去よりも、生きていくこと・明日を見つめてまっすぐに走り抜けていった鳥髑髏は、ほんとうに雨上がりの虹のようでした。よりによって「滅びの美学」ドストレートだったワカと同一キャストが天・蘭をやってる鳥がああいう味付けになったのは、めっちゃ面白いことだったと思ってます。
 
なのに、滅びの美学とはまた違った方向でしんど~いを提供されてしまった。しんど〜いわこんなん。月髑髏ってなんだよつら髑髏に改名しろ。上弦のつらい/下弦のつらいだわ。
要するに!!要するに!!「滅びの美学」ではなく「滅べない醜さ」の物語として月髑髏が出てきた。と思う。
突き抜けるよな光をもたらすことなく、ほんのわずか一筋の光に照らされて、なんとか生きていく物語。まさしく「月」髑髏。

救いなんてなくても生きていかなきゃいけない。それが遺されたものの為すべきこと。
捨之介・霧丸・極楽大夫の三軸からそのテーマ性を強く訴えかけられる月の、残酷すぎる物語構造をどう受け止めていけばいいか。
わかんねえ…わかんねえよ…もう何もわからん…なんでステアラでは水が300円で売ってるの……?


もう一つ「しんど〜〜〜〜〜〜い」を感じるのは月髑髏の「相互不理解」っぷり。
こんなに相互不理解激しい髑髏他にあった!?いやない!私は知らん!!!
かつてなく捨が天魔を・蘭を助けたいと願っていて、掬い上げたいどうにかまた仲間になりたいと思っているにも関わらず、かつてなく捨の手が天魔に・蘭に届かないんですよね。

もうね。この相互不理解っぷりがつらいんですよ私は。
鳥とか花って、「お前とはわかりあえねえ」ってことをみんな自覚してたから、ある種、気持ちは楽だったんですよね。鳥なんて捨がもう完全に天魔殺す…天魔殺すからな!!って姿勢だったし。よし!!殺せ!!天魔悪いやつだもんな!!って。

でも月は、「殺すんじゃない。止めるんだ」って言う。
いや~~!!!あれ見ててみんな「おいおいおいおい」ってならないの?私はなる。
あれと分かり合えると思ってる!?太一天魔だよ!!??ゴジラの赤ちゃんだと思ったほうがいいよ!!?
なーーーに甘えたこと言ってるんだよ顔がよくて高身長で顔がいいからって!!ってなりますよ!!??
これにはさすがのダチ大好き捨代表格・ワカ髑髏小栗捨も「無理無理」とドン引きだよ。
この「理解できるはず」という思い込みこそが徹底的な不理解につながっている空回り具合、月(特に上弦)のしんどいポイントなんですよ。

で、なんでこんな相互不理解が生まれているかというと「地獄」を知っているか知らないかの、彼らのコンテクストの不和が原因なんじゃないかと、そういう風に思うわけです。

月捨は鳥・風の「目の前で罪なき人々をたくさん殺された」捨之介ではないんだよね。
なんなら、捨って無界虐殺にも立ち会ってないからね。それであの若さってなると、ホントに地獄を見てないんじゃないかなーと思う。信長のもとにいたわけだからいろんな戦場はくぐり抜けただろうけど、それでも本能寺を潜り抜けてきた天魔とは見てる世界が違うよ。
この「地獄を知っているか否か」「その地獄を超えることができるか否か」という二つのコンテクストを持つもの・持たざるものの不和が強調されていて、つ~~らいですよこれ。ステアラの水300円だし(しつこい)
 
「お前にはわからない」と天魔・蘭側が捨を拒絶するだけならこれまでの髑髏にあったんですよ。
月髑髏は霧丸からの「お前らに捨之介はわからない」という返しと結びついているところがキーポイントだと思います。
これ、これまでの沙霧のセリフだと「お前らと捨之介は違う」という、あくまで沙霧という人間の持つ視点による断絶でした。
ところが、今回のセリフ変更によって「霧丸という人間が見た”捨之介と天蘭”の断絶」に代わっているんですよね。それも「捨を天蘭が理解できない」という主張。

この霧丸のセリフめちゃくちゃ残酷じゃないですか?
あの瞬間、月髑髏において捨:天蘭の相互理解という可能性はぶち切られてるんですよね。
そりゃね。見てる側はわかってるんですよ。天・蘭と捨は違う。理解しえないし、まったく違うところに生きてる人たちだって。
でも捨は信じてたんだもん。現実がどうであれ、彼は天・蘭を引き戻せると信じていたんだもん…。

要するに、もはや物語後半では霧丸のほうが大人なんですよねぇ…。
下弦霧丸はかなり無邪気で幼く、それゆえに幼さを貫き通すひたむきさが魅力だと感じたのですが、上弦霧丸は後半からの成長目まぐるしく、ものすごい勢いで大人になってく。
彼だって一族皆殺しにされて一人生き延びていくことになったのに、最終的には捨より落ち着いてるし、捨より現実見えてるんですよ。彼は一族皆殺しという地獄を見てきているから、きっとおそらく捨よりも天魔・蘭への共感がどこかにあるから、「わかりあえないものはわかりあえない」ということを理解している。

今回、霧丸で素晴らしかったのが、最後の家康へ仮面を差し出すシーン。
からっぽの仮面を「首」と差し出し、捨之介を縄から解けと説得するために、激情を堪えて礼節を保ち、跪いて落ち着いた口ぶりで進言する霧丸。このタメが、今回ものすごく良かったんですよ。前回見たときはあんなにタメてなかったと思う。
手も出さない。声も荒げない。捨之介を助けるために、大人になれる。相手のコンテクストに寄り添って話す霧丸。「コンテクストの不和」にて悲劇を繰り返してきた髑髏城が、最も序盤不安定だった少年が、家康へと「コンテクストを寄り添わせる」ことによって悲劇を回避させる。すっっっっ……ごい。あの絶妙な間のタメ・その間の決意の表情や声色すごい。私はこのシーンで一番泣きました。今回イエヤッスが評価したの捨じゃないんだわ。霧丸なんだわ。

地獄を見せられて、不和のまま終わって、それでも生きていかなきゃいけない物語髑髏城。
捨之介にとって厳しいこの物語はやっぱり「捨之介敗北」の髑髏城なのではないかと思います。
マジこれで捨不在極髑髏に突っ込んでいくのなんなのぉ…来年は髑髏城の七人衣食住が上演します。

■捨之介
二幕かなりよくなりましたね!!
一幕は…が、がんばれ…滑舌…がんばれ…百人斬り…は…、17日ソワレだいぶヤバくって、髑髏見ててこんなハラハラする百人斬り初めてだったかも…刀落としちゃってたし受け取り損ねちゃったしだいぶ手順狂っちゃってた。疲れるよなあぁ…頑張れ…頑張れ…。
 
いやーふくし捨ほんと、初日に比べるとぐんぐん良くなってきているんだけど、その「良い」の方向性が「安定感」じゃなくて「不安定感」なところがめちゃくちゃおもしろいですね。
安定していってるどころか、どんどんグラグラになっていく。不安定で、危なっかしくて、今にも足を踏み外してしまいそうな捨之介。
ところが、以前の感想からずっと続けている「天魔王に敗北する捨之介」という像を描くとなってくると、この不安定さが妙にかっちり嵌ってくるんですよ。
 
やっぱりね、捨之介という役柄は或る程度年齢を重ねた人間にしか適合しないと思うし、上弦捨もそのあおりを受けてるとは思います。単純な捨之介というキャラクタにおいて、肉体・ビジュアルでの説得力ではどうしても下弦に勝てない(下弦捨がほんとうに、二人別役軸の捨之介ラインでは適合しすぎてて怖いレベルのハマりっぷり…というのもあるんですが…)。
 
一方で、この「地獄を知らない捨」という役柄には、捨天蘭でも一番年下で本当に若い彼が適しているのかも、と感じてくる。
私は、髑髏城の七人という物語のなかでは、捨之介が正義・天魔王が悪という構図は揺るがないものだと考えています。
天魔王は悪いやつだし、蘭も悪いやつだし、捨は人のために動き続ける本当にいいやつです。
だけどそれは、捨之介が「正しい」ということにはならないんですよね。
 
捨之介はほんと頑張ってていいやつなんですよ。私は捨之介の、人を傷つけるぐらいなら自分を傷つける優しさが大好きで、そういうところにめちゃくちゃ執着して捨之介のオタクをやっています。捨之介のオタクです。捨之介のオタクです!!!!
そのうえで、やっぱ捨之介って圧倒的な正しさを持った人間ではないんですよね。
なんなら月は、ちょっと自己中心的だなと感じるところもあるぐらい。
 
天魔・蘭兵衛は捨之介を理解しないように、捨之介にもまた、捨之介の見えている世界しか見えていないんです。
前述した「相互不理解」の根幹は、捨之介が優しすぎるゆえに「人を傷つけられる人間を理解できない」という部分にあるんですよね。
捨は悪くないよ。天魔と蘭があんなん拗れすぎだし、あっちが悪いし、ほんと捨悪くない。でも月捨が正しいかというと、うーーーーーーんちょっと怪しい…ですよね…。
 
そして、自分が正しくなかったことに捨之介も気づいているはずなんですよ。
これまでの髑髏城にあった最後に捨之介が「名前を捨てる」流れ、月でなくなりましたけど。
あれはやっぱり、捨之介が自分の罪に気づいて、それを「背負う」ことを決めたからなんじゃないかと思う。
 
「浮世の義理も昔の縁も、三途の川に捨之介」は劇中で複数回出てくる台詞ですが、最初と最後(家康に捕縛される手前)では、全然意味合いが違う。
最初は、口ではそう言ってても何も捨てられちゃいない男の語る台詞だった。
最後は、本当に浮世の義理も昔の縁も、自分のせいで断ち切ってしまって、生きていく意味を見失った男の語る台詞になった。
「捨之介」という名前が持つ意味合いを、その重みを、本当の本当に意識して背負っていこうと決意したから、月の捨之介は名前を捨てないまま去っていったんじゃないかなぁ。
 
それでもやっぱり、私はどれだけ辛くっても他人を傷つけないように剣を振るいつづけた捨之介のことがとてもとても好きだなと思います。
捨之介ってほんと愛しいな……捨之介…愛しいよ……お米券贈りたい……
 
【天魔王】
キャスト発表時は「強そうすぎる」「病死してもらわないと」「薬をのませよう」とさんざんなことを弊TLで言われていた太一天魔王。一ヶ月経った今では「まだ首がすわってないの」「優しくしてあげて」「赤ちゃんなんです」などと言われているのでもうめちゃくちゃ。私も二幕見てる間は脳内で太一天魔を抱き上げて「助けてくださーーーーーーーーーーーい!!!!!!!!」ってやってる。(これは世界の中心で愛を叫ぶごっこを夏のステアラでやっていた鳥捨之介とがんてっさいごっこです)(おじいさん鳥はもう終わりましたよ)
 
前提として天魔王は悪いやつ。もう一回。天魔王は悪いやつーーー!!!!!!!!!
そして天魔王は許されてはならない。もう一回。天魔王は許されてはならなーーーーい!!
 
許したいよな。もう許してあったかいもので包んで爆睡するまでふとんにつっこんでおきたい。
悪いやつでもいいからうちで匿ってやりたいですよ。
大丈夫私じゃなくて蘭が世話するから。(めちゃくちゃ嫌がられる)
 
もうそんなこんなで、見てる間のこっちの情緒がめちゃくちゃになってしまう。
3人目天魔は、感情の起伏がわりあい抑えめ。相変わらず、口説き方がめちゃくちゃにうまいとかではなく、感情に任せた力押しで人を操っていく天魔王。感情爆発はほんとうに最後の最後までとっておかれている感じですね。
 
月天魔王は鳥と近しいキャラ造形何だと思ってたけど、やっぱ上弦は「女性的な執着」が根本にあると思うなぁ。
鳥天魔王・下弦天魔王が執着しているのは「織田信長という器」なんですよ。その存在の強大さ・厳かさに執着し、その「器」の再現をしようとしている。「天」という概念を身に下ろそうとしている。
 
でも上弦天魔は、織田信長という人間」に執着しているんだよなぁ。織田信長という人間を愛していて、その愛した信長と共に生きる方法を「天」として生きていくことしか知らない。織田信長の遺したものを身に纏い、自分こそ天だと名乗る。
やっぱりね…やっぱりね「情炎の天魔王」ですよ。上弦は。歴代天魔王というより、ワカ蘭に近いかもしれないな。正直政治とか国盗りとかそんな興味ないんだわ。信長がそうやってたから、それをなぞってるだけなんだわ……。とはいえ、それでもなぞれてしまうところが彼の能力値の高さなんだけど。
 
あとね、上弦天は「わかってほしかった」んだと思うよ。
鳥・下弦は「お前には俺のことなんてわからないくせに」「俺のことなんてわからなくていい」だったけど、上弦は「お前には俺のことなんてわからないくせに」からの「だからわかってほしかった」があったと思う。
どこかで、捨之介は俺を理解してくるかもしれない、と考えていた、かもなぁ。蘭には期待していないだろうけど、捨には可能性を感じていたかもしれない。
 
「他のものの手に渡るぐらいなら落ちてしまえ」と冒頭で城を燃やす彼だけど、自殺もそういうことなのかもしれませんね。天が手に入らないのであれば、死んでしまうほうがまし。あと自ら刀で腹をさばくのもね……ワカでは「腹を天の字でかっさばいて死ぬなんてあのお方(信長)にしかできない」と捨が発言するシーンがあったので、どうしてもそことリンクしてしまってそうか…そうかぁ…となってしまう。燃え盛る城で踊りながら生まれた(字面おもしろすぎ大事件)天魔王が、腹を自ら捌いて自害で死ぬ。最後の最後まで信長をなぞりきったんだな、と思う。
 
特に上弦は、仮面を剥がされてからがボロボロで。本当に小さくてしょうもない自分を見てほしくないという気持ちが強くって、でも捨之介が天魔王に望む「自由」とはその小さくてしょうもない自分だから。捨之介を見ていると「誰もがこういうふうには生きられないよ」って思っちゃうんですよね。私なんてどーしようもない人間だし。オタクだし。チケット増やすのやめられないし。だから天魔王に入れ込んじゃって、辛くなっちゃうんだよな。

本当に醜く、憐れに死んでいった天魔王だったけれども、それゆえ胸をえぐられまくってクレーターをあけられてしまう……。

 

あっ月ってそういうこと…?

 
月髑髏戯曲の二幕タイトルがす……っごいんですよ。まだ見てないひと早く見てほしい。
あれを見ると、月髑髏に置ける天魔王という存在に対して「ああ…そうかぁ…そうなのか」ってなるので、絶対買ってほしいし読んでほしい。中島かずき先生に印税を振り込みたい勢としても買ってほしいのでここには載せないです。
みんな!!!かずき先生に印税振り込んでねーーっ!!!!!
 
【蘭兵衛】
みうらんべ正直好きになりすぎてきてしまってヤバい。
終始情緒が正の方向向いたまま好き!!好き!!!嬉しい楽しい大好き!!!!!!!!!!!!!!!ってなる(JASRAC未申請)
 
初日⇒えっ!?かなり良いな
二回目⇒あれ?なんかめっちゃ良くない?
三回目⇒アアア〜!?すっげすっご良くない!?
四回目⇒……っべ……やっべーぞおっとう!!!!!!!!!!!!!!
 
ぐらいの温度感で好きがアツくなっていく。好きでしょこんなん。好きだわこんなん。
 
どんどんクローズZERO感が増していくんだけど、なんかみうらん…潔くていいな…って気持ちになってる。
上弦は捨も天もグチャグチャだから、そのなかでみうらんが意志を通して、自分の責任で死んでいくの、卑怯だけど爽やかで気持ちがいいよ。上弦の危ういバランスを、ギリギリ破綻しないよう踏み留めさせてくれていると感じます。
 
ていうか序盤はクール系かな〜?って感じだったのに、最近ではおっとうが出てきたあたりで、女たちをすっとかばったかと思ったら、兵庫とおっとうの話が気になるみたいで野次馬根性丸出しで覗き見してたり、でもやっぱおっとうが寄ってきたらそっと極楽を下がらせたり…みたいなことするから、えーーーーーー!!!!無界のことめちゃくちゃ好きじゃん;;;;ってなっちゃう。鳥もなんだけど、無界のこと好きそうな描写をダイレクトに入れられるのがとっても辛い〜;;;
 
序盤は落ちてから女性感強めてた気がするけど、それもなくなってきたことによって、一本筋がきっちり通ったと思います。蘭にありがちな「え、なんでそうなったの?」が割りと和らいでる気がする。もうわたし蘭見すぎててわかんないんだけどね(髑髏城あるある・見すぎててもうよくわからない)
 
男性に振った蘭が大好き勢としてはみうらんべだいぶボーナスタイムですよ。超ボーナス。
なんか好きすぎて逆にあんまり自己解釈掘り下げるタイミングないな?って思う。余地はあるんだろうけど、見てるあいだの私、蘭兵衛さんの豚だから。あーー好き!!アクションが超大ぶり!早乙女太一監修済みだけど本人よりダイナミック!!ハリウッド!!顔のきれいなゴリラ!!!!!ここは世界一美しいサファリパーク!!イエーーッ!!みうらんべサイコーーッ!!!!
この項目だけ違う芝居見てきたみたいになってるな……つまりみうらんべが最高ということです。みうらんべは髑髏城の七人月〜最高の月〜に出ているので……ここだけ上弦の月の感想ではないです!!!!!!!!!!!!!!!
 
なに言ってんだろうな。
次はもうちょっとまじめなこと書けるようにがんばります。
 
【霧丸】
うっかり霧丸のよかったところを前述部分で書きまくってしまった。
24日は声が潰れかけてしまっていたのか、だいぶ危うくトーンも抑えられていたのでちょっと残念でしたが、17日がめちゃくちゃ良かったです。序盤は沙霧⇒霧丸の変更の意図を読めなかった自分も、やっと「ああ…霧丸いいなあ」となってきた。
 
平間霧丸は間のとり方が本当にうまいですね。グッと来る間がいっぱいある。下弦ほど我武者羅でひたむきな感じではなく、本当に年頃の男の子って感じの霧丸だけど、要所に「敏い子なんだな」と感じる部分があって……やっぱこの子は沙霧なんですよ。性別は変わったけど、根幹は沙霧から変わらない。
 
最後、捨之介に手を握られてお礼を言われたあと、その手をぼうっと見つめる霧丸。え???恋?????????ついに恋が始まってしまった????と焦ったけど冷静に考えたら霧丸のキーワードは「手」だったもんなぁ。太夫に「いい手」と褒められた霧丸の手。でも、その手が結果的に一族を殺めてしまうこととなった手。その手を握って、お礼を言ってくれた捨之介。あの瞬間、霧丸のなかに「捨之介の城を作る」という気持ちが強まったんだと思う。捨之介が救った霧丸が、捨之介を救う。というのは本当に美しいんですが、捨之介を救うことによってやっぱり霧丸がもうひとつ救われていると思う。誰かを救うためにその手を使えてよかったね。
 
彼の作ろうとする「城は」ふらふらとどこかに行ってしまいそうな捨之介を繋ぎとめるための場所であり、霧丸がもう一度、過去ではなく明日に向かうための場所になるのかな。
お正月の間で声を休められるといいなぁ。次見るのが一番楽しみなのはココかもしれない、というぐらい期待値が高まってます!
 
 
【兵庫】
すが兵庫確変してない!!!!!!!!!!!!!?????????????
正直ここが一番確変してる!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!と思う!!!!!!!!!!!
 
初日は正直、うーんかっちんの兵庫見てるんだろうな…と思っちゃったんだけど、今はちゃんとすがくんなりの兵庫になっていると思います。とにかくまっすぐ、純でかわいい。相変わらず無尽蔵スタミナで声を張り上げ続けてぴょんぴょん動く。かわいい。
 
兵庫の存在って髑髏城でかなり重要というか、この役柄によって作品のテンションが左右されているぐらいのものだと思うんですよねー。のですが兵庫がテンポ感のコントロールをしはじめて、だいぶ作品のテンション・速度が変わったと思います。下弦みたいな完璧進行管理ぶりとは違うけど、これはこれで上弦のテンションにあってる。
 
しかしほんとに動きまくりなんですけど、あまりに飛ぶのでたまに「これが噂のハイステ城の七人くんですか…」という気持ちになってくる。怪我しないでくれよな!!!!
 
【極楽】
え〜〜もうほんとにほんとに好き。上弦極楽、わたしとしては花鳥風月ナンバーワンかもしれないぐらい好きになってしまった。
 
月髑髏の主人公はね、捨之介・霧丸・極楽だと思う。
月髑髏は「辛くても醜くても生きている」という物語だから。聖子さんは、私は本当にいつまでも美しくって素敵な役者さんだと思うけれども、それでもやっぱり年齢はある程度重ねてらっしゃって……そういう人が、完璧な美しさでなくとも「ものすごく美しく見える」っていうところ、月髑髏に合ってるんだよね…。
 
極楽は「地獄を知っている」から。それでも越えてきた人だから。
だから、いろいろな人の気持ちがわかるんだと思う。わかってしまうからこそ、蘭兵衛を送り出した。
これまでの極楽って、蘭を「止められなかった」って意味合いが強かったけど、月は「送り出してしまった」って感じですよね。あなたの好きなようにしてもいいんだよ、って。でもそれが娘のようにかわいがっていた女たちを殺してしまうことになって……それはそれは辛くて、苦悩したと思う。
 
蘭との年齢差を思うと、なんなら「蘭兵衛」という名前を与えてくれたのは極楽かもな、と感じます。
そして、それに対しての蘭からのお返しが「極楽太夫」だったのかも、と。
極楽が蘭を呼ぶときの「蘭兵衛」がものすごく優しいので、なんかそんなこと考えちゃうな。いや〜もうつれえ。ただひたすらにつられえ。
 
聖子さんはとにかく声の芝居がうまくて、声の芝居だけでも泣きそうになる。というか泣いちゃう。
「蘭兵衛」「蘭兵衛さん」の声変遷がほんとうにほんとうにすごくて、いつも苦しくなるし、涙声になるところも胸を打つ。
 
あと、捨之介の語る言葉を「道理だ」と蘭に行って聞かせて、そのあと「所詮外道だ」と拒絶された極楽が「道理なんて関係ねえ」という信念で戦う兵庫と一緒になる流れ好きだな。好きだな……
 
 
いやーーーほんと上弦 なんかね 正直上弦は下弦ほどの安定感なくてハラハラするところもあるんだけどね
でも完璧なものを見たかったらいのうえ歌舞伎のなかでも髑髏城でなくともいいしね、まああと、リピーター的には花鳥風月通してだいぶきれいな髑髏城だって見せてもらったからね、もうあとは若い子たちで好き勝手やってくれって感じですよ。すごくいい意味で「好き勝手やってくれ!」って思う。いいぞいいぞ髑髏党員の感情をそのままグチャグチャにしつづけろワッハッハッハッハ!!!
いいよいいよ もうなんなら髑髏城をやろうとしなくたっていいよ!!!!つらい城のつらいだもんなこれ!!!
 
下弦が安定してしっかりとしたつくりの髑髏を見せてくれている安心感もあるよね。
カラーが本当に違うので、交互に見る楽しさがすごい。でもやっぱ、下弦そろそろ観たいですね。宮野捨が観たい。安心安全の太ももが観たい。ふくしくん捨の最大の弱点は太ももが折れそうなところだと思ってますね……マジで間違って太一天が折っちゃわないか不安なので最後まで無事でいてほしい……太くあれ福士くんの太もも……もづやまは福士くんの太ももを応援しています…